もう一度、逢えるなら…
「ちょいとそこのお兄さん…」
何気無く路地裏を歩いていた俺は不意に呼び止められた。太陽も沈み、雲行きが怪しくなってきたので足早に帰ろうとしていた矢先の出来事であった。
「何ですか?」
振り返るとそこにはありふれた占い師、少し地味なおばあさん、が占い屋(?)を開いていた。
「占いは間に合っていますが?」
とは俺は言ってみたものの、何か親近感をわかせているその場の雰囲気に足は自然とおばあさんに向かっていたのであった。急いでいるはずなのに俺は占い屋(?)の椅子に座っていた。
「じゃ、占ってもらおうかな」
「はい…」
おばあさんは水晶玉を覗き込んだ。
「その前に、あなたは二十二歳の大学四年生で間違いありませんね」
正直驚いた。まあ、見た目で分からなくもないが、こう断言されるとなんとなくすごいなぁ…と驚く。
「あなたのこれからの人生が見えます。何の問題もなくいい人生を送れます。ただひとつ…」
「ただひとつ?」
思わず俺も水晶玉を覗く。もちろんそこには何も見えるはずはなかった。
「ただひとつ… あなたが結婚し、子供が生まれてからは… 船に気を付けなさい、と出ています」
「船、ですか。船…沈んで死んじゃうって事ですか?もしかして…」
おばあさんを見つめる。
「そこまでは…船といっても沢山の解釈が出来ます。これから先は御自分で判断した方がよいと出ています」
何か曖昧な占いだなと思いながらもうなずく。
「もし、この事をほんの少しでもいいから心の奥底にとどめておけば、少なからずあなたの運命を大きく変えるかもしれません」
またもやうなずく俺。すると、ぽつぽつと雨粒が落ちてき始めた。財布を取り出そうとした俺の手をおばあさんは制止した。
「お代は要りません。私から呼び止めたのですから」
俺は礼を言って足早に帰っていった。
おばあさんは占い屋(?)を片付け始めた。全ての道具を鞄に詰め込むと、ただ残された椅子に腰掛けた。無論、机も残ってはいるが。
すぐ後に一人の男がどこからともなく現れた。男はおばあさんに話しかけた。
「約束通り出会えましたね…なかなか感じのよさそうな人でしたね」
「ええ、なんとなくしか覚えていませんでしたが、確かにあの人でした」
おばあさんは頬に一筋の涙を流した。
「…本当にありがとうございました。これで思い残すことは何もありません。最後に出会えてよかった…」
「いえいえ、心残りがあると魂は成仏しきれません。そのようなことがないようにするのが我々の務めです」
男はそう言った。
「しかし、あの人は今日の事を覚えているでしょうか」
男はおばあさんに尋ねた。
「さぁ、どうでしょうか。よく物事を忘れる人でしたから。多分、十年も経てば忘れているでしょうね。そういう人でしたから」
昔を懐かしむ口調で話した。
「では、なぜもっと直前でしなかったのですか?」
男は不思議そうに尋ねた。雨はもう止み始めていて、月が顔を出していた。
「ふふふ…、一度会ってみたかったのですよ。どうせなら、まだ私も母も知らない頃のあの人を。どんな人に母は愛されようとしていたのかを。少しは母に嫉妬していたのかもしれませんね」
おばあさんは軽く微笑みながら言った。男もうなずきながら笑った。
「さぁ、そろそろ時間ですな」
男は立ち上がり、おばあさんの手を引いた。二人は路地裏の闇に溶け込む様にかすんでいく。
「元気でいてくださいね、お父さん…」
おばあさんは小さく呟き姿は消えていった。
幼くして父を失った娘が、老婆になり死ぬ寸前に魂だけ若かりし父のいる過去に会いにきたという…
そんな、不思議な話…
たまにはあってもいいですよね?