白。
北海 篤
そこはしろかった。
しろい、色しかない。
たてものも、道路も、生物もなにもかもが白色。
そして、影でさえも白。
しろい、しろいせかい。
全てが白い紙で構成されたせかい。
紙が「生きて」いるせかい。
そこは、私たちの生活している空間と外見上、白い以外は何らかわりがない。気候も一定していて日本のように四季がある。きちんと家もあるし、ヒトのかたちをした紙がいて生活を営んでいる。
ヒトのかたちをしたものはヒトとして、木のかたちをしたものは木として、それぞれの形としての役割を演じていた。例えば、木のかたちなら生えて動かないでいるし、花のかたちなら咲いて散る。又、犬のかたちなら犬の生活を、ヒトのかたちならばヒトの生活を送っている。
同じ『紙』であるのにどこからかたちとしての差が生まれるのかは不思議なことだ。
その理由はわからないが、表面上の違いとしては、生きていて動くものはパルプ一〇〇%、それ以外のものは一〇〇%再生紙という所だ。
紙とはいえ、移動し、会話をしたりするので当然エネルギーを摂取する必要がある。もちろんエネルギー源も紙であり、紙が紙を食べるという壮絶な光景が繰り広げられる。
そうなると、原料となる紙は減る一方のようだが、この世界では雨や雪の代わりに、紙が降ってくる。それらは、回収され加工される。ちなみに、雨のほうは再生紙で雪のほうはパルプが降ってくるのだが。
紙はもちろん破れもするし、へろへろにもなる。そうなった紙たちもまた雨や雪と同じく回収される。これが。生き物のかたちである紙である場合、「死」ということになる。
回収された紙がどこへいくのか。
それらは大きな容器に分別されて運ばれていく。この世界で唯一紙以外のもののあるところへ。
これ以降のことは紙たちは知らないのだが、そこでどろどろに溶かされて、また新しい紙へと生まれ変わるのだった。
そこでこの世界の構成物全てが創られる。ヒトも、植物も、微生物も、そして雨も…。
まったく簡単かつエコロジーなサイクルの繰り返しのシステムだ。
だから、誰もが、永遠に平穏が続くと信じていた…。
ヒトのかたちをした紙は紙を使って発展していった。ちょうど、私たちと同じように。
顕著な例としては、ヒトや動植物ははじめ、平面的なかたちであったのだが、だんだんと立体的で複雑な形になってきた事であろう。
紙でできた科学技術も発達してきた。
そんな折、一人のヒトが思い立った。
「このせかいの果てはどうなっているのだろう」
と。
そこで、技術者達が立ち上がり、かなりの距離を移動できる乗り物―私たちでいうところのロケット―を作った。
間もなくして、それに乗り旅立つヒトが後を絶たなくなった。
―が、誰一人として帰ってくるものは居ない。
ヒトビトは不安になり、かえってこれない原因を知りたい、と心から思った。
そんなある日。
彼らがその「理由」に気付くときが来た。
「ソト」の世界には紙以外の材質のモノがあることを。
自分たちを形作る素材が弱く、脆いコトを。
この紙のせかいが出来てから一度たりとも降った事のない紙でできていない「雨」によって思い知らされる事となった。
昔聞いたお伽話…『ため息をつくと妖精の世界がひとつ消えてしまう』というのと同じ脆さで、紙のせかいは崩壊していった。
そして。
ただ、真っ白い空間が残った。
―という話をノートの隅に書きながら、僕は妖精の国をひとつ壊した。
現在授業中。つまらない「倫理」のビデオを見せられていて、退屈この上ない。
そのとき、テレビの画面が突然切り替わった。
緊急番組のようだ。
僕達のせかいのどこかでも、「雨」が降ったらしい。
紙の国に降ったものと同質の、それでいて水の結晶ではない、すべてを壊す「雨」が。
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