『かみのさつじんあんじ』 解答編




 背後から聞こえる無気味な歌声を無視しつつ、二人の息子は面をつきあわせて考えた。

 ところが、考え始めてすぐに早麻が思い出したように耕平に尋ねる。

「なぁ、これって解けなかったらメシ抜きってこと無いだろうな」

「あ、そうだね。そっちのほうが真剣になるかなぁ〜」

 のんびりととんでもないことを言ってのける父に、早麻は唖然となる。

 そして付け加えられた条件に真っ青になった。

「冗談だろっ!」

「ふふん、さぁねぇ」

 嬉しそうにフライ返しでフライパンを操る父の後姿に、早麻は硬直した。

「おまえ、本気でばかだろ」

 冷たい目で早太が言う。

「兄に向ってばかって言うなよな」

「バカにばかといってなにがわるい。ばか」

 むっと、早麻の片眉が上がる。

 頬杖をついたまま早太は吐息を吐き出すと、状況が書かれた紙を指で叩いた。

 まず、名前を書かれた方を手にとる。

「名前の共通性はないか。名前をこの紙で指し示しているなら、黄色から連想できる名前はない」

 眉間にあわせた拳をニ、三度突き付ける。

「名前に色が入っているのは、小泉さんと茜沢さんか。でもあのおやじがそんな簡単な問題ださね―だろう」

「そうだな、いつもひねくれたものしかださないし。ま、注目すべきは被害者が握り締めていた黄色の紙だな」

「黄色ねぇ。でもさ、黄色にどんな意味があるんだよ」

 難しい顔をして早麻は首をかしげた。

「芸術家の卵か」

 ぽつりと呟いたことに、早麻は顔を上げる。

「いや、親父が最大のヒントが芸術家って事だって言ってただろ。だったら色には詳しいわけだ」

 語尾に自信が溢れ始める。口元にはわずかな笑みを浮かべて、早太は眉間のしわを緩める。

「黄色に赤を混ぜたらなに色になる?」

「黄色に赤? えっと……まさか!」

 早麻の視線が紙に書いたある人物にくぎ付けになった。

 答えを見付けた喜びに拳が震えた。

「茜沢か!?――でも、なんかキーワード見落としてるような」

 答えを導き出したのにどうもしっくりこなくて、早麻は再び首をかしげる。

 黄色をわざわざ自分の血で――生死の境をさ迷っている人間が赤く染め直したのだ。それはなんらかの意味を持っているといっていっていい。

 色の混ぜ合わせで、黄色と赤を混ぜるとできあがる色は―――――。

 オレンジ。

 オレンジ色を連想させる名前は茜沢しかない。

 だが、それではもう1つのキーワードがいかしきれていない。

 それに、あの時耕平は英語の問題と言ったのだ。

 オレンジの日本名を答えるだけなら、わざわざ強調したりしない。

 一笑の後、二人は視線を交わした。




「フェイクか」

「フェイクだな」

 自信に満ち溢れた眼差しがそう告げる。

 だが、そこで突き詰まった。

 どうしても最後のピースが見つからない。

 オレンジ色をどう変換すればよいというのだ。

「くそっ、まじわっかんねーよ。オレンジ色、オレンジ、グレープ、マスクメロン」

「オレンジ……レッド、イエロー」

 ぶつぶつとオレンジから連想するものを上げる。

 だが、どうしても答えは見出せない。

 いい匂いがしてタイムリミットは迫っている。焦りと空腹が推理の邪魔をする。

 それを押し退けて二人は考えた。

「オレンジ色の紙……オレンジ色の……」

 はたと、早麻の動きが止まる。

 彼の異変に早太もすぐに気付き、顔を上げた。

「なあ、オレンジ色のかみって英語でなんて言うんだ? ほら、金髪をブロンドとかいうじゃん」

「そんなのしらね―よ。いや、ちょっとまてよ」

 早太はリビングのほうへ急いだ。片手に分厚い本を抱えて帰ってくるとペラペラとめくり始める。

「それ、親父の辞書じゃんか」

「ああ。問題を出す前、これを見てただろう? ひょっとするとマークかなにか引いてるかも」

「そういえば。ネタとかいって単語にオレンジの蛍光マーカーでチェックしてたよな」

 早麻は身を乗り出して辞書を見る。

 めくり始めて数秒、二人は目的の単語を見付けた。

「なるほど―――これでつじつまが合う」

「だから、英語の問題だったわけか。たしかにこんなの習慣的に英語をやっていないとわからないことだよな」

 確かに。これは学校で習う英語の範囲を越えている。

 英語の知識が問われる問題だ。英会話でもしていないかぎり思い付く単語ではない。

「解けたみたいだね」

 エプロンをはずしつつ耕平は満足そうに歩み寄ってくる。

「あ、お昼ご飯できたんだ。中華?」

「そう。皿ソバだよ。その前に解答、聞かせてもらえるかな」

 あいている椅子に腰掛け、彼は聞く体制を整える。

 二人の探偵は自信有り気に笑い、至極真面目な顔で解答を始めた。

「英語の問題っていってもかなりマニアックだぜ。中学で習わないものだし」

「フェイクも入っていて、面白かったな」

「オレンジ色に注目させといて、茜沢を連想させる。普通ならそれで納得したんだけど、親父のだしたリードの部分に英語ってあったから、フェイクだって気付いたね」

 大仰に肩を竦める早麻。

「この場所にはオレンジの紙がなかったから自分の血を黄色に塗ってオレンジにする。色を身近に扱っていない人間には考え付かないな」

 早太は紙の種類が書かれた方を、指で弾く。

 耕平は二人の推理を静かに聞いていた。

「紙から髪を連想させる。そして、オレンジ色の髪という日本では馴染みのない呼び方で犯人を示すなんて、反則ぎりぎりだぜ」

「そう。もしこれが本物の殺人事件だったらだれも解けないだろうね。彼女が残した最後の声をね」

 暗に自分しか解けないと言うことを主張して、早太の意見陳述は終了する。

「死に際の人間がこんなこと一瞬で考えられるのなら、難解な暗号がもっと増えておばさんが四苦八苦するだろうね」

 苦笑を交えて早麻は言った。

「それで、犯人は誰?」

 推理をし終えた二人の探偵に耕平は最後の答えを求める。

 早太は辞書のページを開き、早麻はペンでとある人名に丸をつけた。

「オレンジ色の髪の英語はジンジャ」

「これに該当するなまえは、じんや。つまり、渡辺 仁矢が犯人」

 答えのあとすぐに耕平は席をたった。

 間違っていたのかと、不安になるが彼の指先が食器だなにふれたことに安堵する。

「ふたりとも、皿ソバどれくらい食べる?」

「山ほど」

「普通でいい」

「おっけぇー」

 鼻歌交じりに耕平は中華ざらに麺を置くのだった。






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