――うわあ、ちっさいなあ――
――抱いて御覧なさいな――
――ちっさいのに、けっこう重いんだね――
――可愛がるんだよ、その子は、お前の妹も同然なのだから――
――はい、父さん――
生まれてから最初の記憶は、二つの色をした光。
眩い、太陽の金色。そして、それに照らされた、星屑のような銀色。
「おはよう、リン」
窓の外から声をかけられて、リンクスは読んでいた本から目を離し、顔を上げる。
「・・・ガルム兄ちゃん、どうして玄関から入ってこないの?」
呆れたように言うリンクスに、窓の外に枝を伸ばした木にぶら下がっている少年は、気恥ずかしそうに笑う。
この少年は、リンクスの家の隣に住んでいる一家の次男で、村では彼女と一番仲の良い子供である。確か、三男の方がリンクスとは年齢が近いはずなのだが、彼女は三男よりも、この次男のガルムと一緒に遊ぶことが多かった。
「よっと」
窓から部屋への侵入に成功したガルムは、慌てて靴を脱ぐと、それを窓枠に引っ掛ける。
木登りの途中邪魔にならないように布の帽子にしまっていたおかっぱ頭の銀髪が、朝日に透けてきらきらと光るのを、リンクスは眩しそうに見つめていた。
綺麗な髪。
ガルムは三人兄弟の真ん中で、彼の兄と弟も同じような銀髪なのだが、ガルムの髪質は他の二人とは違って真っ直ぐなくせの無い髪だった。
だからだろうか、時折リンクスの目には、この少年の銀髪が、銀細工のように見えてしまう。
リンクスの、僅かにくせのついた金茶色の髪は、ガルムの真っ直ぐな銀髪と並べると、まるで粘土細工のように見えてしまって、彼女はそれが悩みだった。
私も、あんな綺麗な髪なら良かったのに。
ガルムのような銀髪は、彼女の一族では無理なのだとわかっていても、つい望んでしまう。
「良いな・・・」
小さく呟いた声に、ガルムは気付いて首を傾げる。
「何?」
顔を覗き込んでくるガルムに、リンクスは慌てて首を振る。
「ううん、なんでもないの」
「ふうん・・・・」
リンクスの言葉に、ガルムは少し疑念を抱きながらも頷く。その表情に、リンクスはほんの少し罪悪感を覚えた。
異種族に対して憧憬や羨望を抱いてはいけないと説いていたのは誰だっただろう。
「それよりも、今日は、何して遊ぶ?」
話題を摩り替えて笑いかけると、ガルムは少し考えるような素振りをする。
「うーん、かくれんぼは一昨日やったし、森の探検は昨日やって父さんに怒られたばっかりだし・・・。今日はリンのしたい遊びで良いよ」
そう言われて、リンクスははっとする。
しまった。
遊びを決めてくれれば気も紛れるかと思ったのに、話題をふられてしまったのだ。
はっきり言って、予想外の出来事である。
どうしよう。
「うう・・・・ん」
真剣に考え込んで、リンクスは、今自分がしたい遊びを考える。
ふと前を見ると、肩まで伸びたガルムの銀髪が見えた。
「・・・・・そうだ」
「?」
首を傾げたガルムに、リンクスは恐る恐る申し出た。
「ねえ、ガルム兄ちゃん。今日は、ガルム兄ちゃんの髪で遊んじゃだめ?」
その言葉に、ガルムはあっさりと答える。
「良いよ」
「良いの?」
「うん。リンクスがそれで良いなら、今日はそれで遊ぼう」
ガルムが快く応じてくれたのが嬉しくて、リンクスは早速戸棚にしまった櫛を取りに部屋を飛び出していった。
その後姿を見ながら、ガルムが不思議そうに首を傾げる。
「やっぱり、リンクスも女の子なんだなあ・・・」
その日一日、ガルムはリンクスに髪をいじられるままになっていた。
周囲の大人達は勿論、ガルムの二人の兄弟までもが、その光景を奇異の目で見ていたのは言うまでも無い。
けれども、リンクスはとても幸せだった。
自分のものでなくてもいい。決して手に入らなくてもいい。
いつでも、すぐ側にあるのなら、いつも見つめていられるのなら、星屑のような銀色の髪に、それ以上憧れないで済むのだから。
「いつまでも、一緒にいてね、お兄ちゃん」
「?リンクス、何か言った?」
「ううん、別に」
それはまだ、彼らが異世界にいた頃の思い出。
遠い未来など知りもせずに笑っていた頃の、宝石のように輝いている、ある日の記憶。