やや夜7時半、支払いを済ませた彼女と合流し歩き始めた。行き先は決めてないが…。
「今日はおごっていただき、ありがとうございます。」
 私はお礼を言った。
「じゃあ代わりに…腕組んでもいい?」
 彼女は恥ずかしそうに言った。私は無言で左腕をそっと差し出す。彼女は右腕をからめた。
「こんなふうに歩くの…久しぶりね。」
 嬉しそうにつぶやく彼女。私は彼女の歩くスピードに合わせるため、ややゆっくり歩いた。歩きながら思いついたことがある、次回作のトリックを思いついたのだ。さぁ、これをどう料理してやろう。
「ちょっと待って、歩くの早いよぉ。考え事もいいけど、…今は…やめてよ。」
 知らず知らずのうちに、歩幅が大きくなっていたみたいだ。あれ。
「どうして、考え事していたと分かったんだ?」
 彼女は私の腕の中で笑い出した。
「貴方のその仕草よ、人差指を鼻の頭に重ねる仕草。貴方の癖でしょ?いつも考え込んだりするとやってたわね。デートの最中にもしてたわよ。何考えてたのか気になっちゃっていつも見つめてたりしてたのよ、今だって。」
 彼女の推理はどうやら当たっているみたいだ。無意識のうちの癖によって犯行がばれる、これはいいネタになるぞ!早速、構想を練って…
「ほら、また…いいかげんにして。」
 私の腕をギュッと締めつける彼女。少し悪いことをしたかな。反省、反省。
「ごめん。今からは君の事しか考えないようにするよ。」
 歯の浮くような台詞を言ってみる。
「また極端な…」
 そう言いかけてうつむく彼女。少しの間沈黙が続く。気が付くと、駅へ行く道に入っていた。

 夜8時、私は駅へ少し遠回りになるように歩いた。さすがに極度の方向音痴の私でもここまでは迷わない。
「ここを右に曲がれば公園があるよ。そこで休まない?」
と、彼女が言った。
「えっ、公園なんてあった?」
 やはり極度の方向音痴であった。帰れるかなぁ…
 公園のベンチに私達は腰を掛けた。ここから見える位置に駅はあった。どこだぁ!ここは?
「何キョロキョロしてるの?」
「いやぁ…なんでもないよ。」
「ねぇ、ひとつ…聞いていい?」
 真剣な眼差しだったので少し驚く私。夜の空気がやけに静かになった。
「私のこと、不思議に思わないの?電話をしたらいつも来てくれるけど…だって、私は…。」
 彼女は意を決したかのように言った。いままで言いたくても恐くて言えなかったような言い方だった。
「昔の事は昔の事だよ。気にしない方がいい。」
「でも、私…」
 彼女が言い切るより早く、私は彼女を抱き締めた。
「……」
 少し驚いた彼女だったが、落ち着きを取り戻したようだった。
「ありがと…」
 耳もとで小さくそうつぶやいた彼女、声が少し震えていた。
「もう少しこのままでいさせて…」
 ますます震えた声の彼女をさらに強く抱き締めた。

 何かその辺の小説みたいだがいいんだろうか?
 夜9時頃、駅に着くまでの少しだけの時間、恥ずかしさのあまり目を合わすことができなかった。腕は組んではいたけど…。
 プラットホームで電車を待つ。次のが来るまで約7分少々ある。他に待っている人はほとんどいない。まだ9時だぞ。
「今日は楽しかった…ありがとう。」
 彼女がお礼を言った。涙はもう乾いてしまったようだ。
「あぁ、こちらこそ。あっ、さっきはごめん…。」
「ううん……うれしかった。ちょっとびっくりしたけど…。」
 ほんのり顔を赤らめ微笑んだ。
「また小説書いてね。」
「えぇ、今度は秋ぐらいに発表の場があるから、それに向けて書くよ。ネットにものせるかも。」
 そう言うと、彼女は例の下から見上げる視線で私に尋ねてきた。
「…それまでに逢いたくなったら電話してもいい?」
 今度はその視線から逸らさずに、真っすぐ彼女を見つめて言った。
「いつかかってきてもいいように電話の前で過ごして待っているよ。」
「うん、待っててくれるとうれしい。」
 そう言った彼女はさっと私に近付き、かかとをあげた。頬に暖かい感触を感じ、戸惑う私。
 その後で電車が入ってきた。彼女は空いた車両に乗り込むと、軽く手を振った。私も手を振り返していると、扉は閉まった。
 こころなしか、彼女はほんのちょっぴり寂しそうにしていた。私も乗ったほうが良かったのかな?いやいや、ここで別れているほうがいい。そう言い聞かせて私は駅を後にした。
「さぁて、帰りますか…。」
 辺りはすっかり暗くなっていた。ふと、頬に残る感触が甦った気がした。フッ、と自嘲ぎみに笑うと道を歩き出した。
 もちろん、家に着くまで何度も迷ったことは言うまでもない…。

(あとがき 終)


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