1 兵器誕生。
この赤いボタンを押せば奴が目覚める。この時を待って早いものでもう十年。私は祈った、奴が我々を救う日が訪れることを。
我々は、人間の言うところの「鬼」と呼ばれる種族だと認識している。鬼万歳、鬼に光あれ。我々は常に強力な力をもち、人間に悪さをしてきた。ある者は、人間の住み家に無断で入り込み洗濯物をたたむ。但し、靴下は左右別々だ。またある者は若い女を捕まえては顔を黒色に染め、伝統的化粧を施し、我々の仲間に引き込もうとした。但し、我々の方が拒否させていただいた。
こんな悪さばかりしたので人間どもは我々を快くは思ってくれず、その結果、両者の間に争いが起こった。歴史上、鬼は悪と相場は決まっている。被害を受けているのは鬼も人間も同じだ。そこで、最終決着をつけるため人間を滅ぼすことに決めたのだった。今から十年前の夏、ドクター鬼島、二十九歳の夏だった…。
「押すぞ。いいか。」
私は、あの赤いボタンに右手人差指を重ねた。心臓の鼓動はもはや限界を越えているようだ。私を見つめる我最愛の娘、泉・十七歳。研究員、李・三十二歳。三人だけの研究(娘は途中から参加、私に似て天才)は、楽ではなかったが、今、全てが報われる。
「目覚めよ、我らの希望の光よ。」
赤いボタンが沈む。
「父さん、あれ。」
娘の指差す方に赤ん坊の形をした物体が現れる。
「李君、例の桃を。」
私が命令すると李は、二つに切った桃を持ってきてその物体を包み込んだ。すっぽりと収まった物体は、後少し桃の中で生存することになる。この大きな桃、縦58センチ・横65センチ・重さ14キロ、を完成させるのに八年かかった。なぜ桃かって?企業秘密だ。
私は娘の入れたコーヒーを飲み、出来立ての桃(元気な赤ちゃん入り)を眺めながらふと思った。
…こいつを世に出すとき、やはり娘を嫁に出すときと同じ感覚なのだろうか。私はそれに人殺しをさせようとしているのか。研究者として、一人の親として、なんとも思わないのか。鬼だ、おまえは鬼だ。
…鬼やないかい。
なんだ、いいんだ。人間は、人であって鬼ではない。何人殺してもいいんだ。人が虫を殺すみたいに。
もう、迷いはない。滅べ、悪しき人間よ。
ん〜、コーヒーがやけにうまいぜ。