見知らぬ幽霊
                        辻 李

 昔、この学校の屋上から飛び降り自殺した生徒がいたらしい。
 雲ひとつ無い、良く晴れた日の午後のことだったそうだ。


「幽霊がさ、出るんだって」
 最初にそう言い出したのは、クラスで一番騒がしい、噂好きの和也だった。
「幽霊なんているわけねえ!」
と、間髪いれずに言い張ったのは、仲間内でもクラスでも、一番頑固な性格の朗。それに頷いたのは、いつも無口で何を考えているのか僕達にも良く分からないところのある豊。
「健は、どう思う?」
 隣に座っている秀一に尋ねられて、僕はなんて言ったら良いものかと首を傾げた。ちらりと秀一の反対側を見ると、いつも大人びた意見を返す正も、僕と同じように首を傾げている。
 今は午後、時間は六時間目の真ん中、曜日はおりしも休みの土曜日前日の金曜日、そして丁度良いことに自習時間。好い加減かったるい時間が流れている中、僕達6人は椅子を寄せ合って談話中。クラスの他の皆も、居眠りしたり、僕達みたいに話していたり、中には真面目に勉強しているのもいたりして、特に課題が出されていないのと、監視の先生がいないのもあって、皆好き勝手に教室中に散らばっていた。
 日差しよけのカーテンの所為でどこかうすぼんやりとした雰囲気が教室を包み込んで、いつもの教室とはどこか別の世界のようにも見える。
 何も起こらないと分かってはいるけど、なんとなく、何かが起こりそうなドキドキをはらんだ空気と、皆の、近いはずなのにどこか遠くで聞こえているかのようなざわめき、かすかに全身を覆っている眠気。
 僕は、こんなひと時が一日の中で一番好きだった。で、二番目に好きなのは、朝の誰もいない教室の中にある、ぴんと張り詰めた、少し肌寒い感じのする空気。
「最近聞いた噂なんだけどさ、出るんだって」
 突然、僕の耳元で和也の声がした。
「え・・・何が?」
 慌てて聞き返した僕に、正がフォローを入れてくれる。
「昔この学校で自殺した生徒の幽霊だよ」
「そうそう、夜中に学校の中を歩き回ってるんだってさ!」
「見たら寿命が縮んじゃうって」
 和也と秀一が、面白がって騒ぐ。
「阿呆かっ!そんなもん絶対にいねえ!」
 朗が意地になって叫ぶ。豊は、というと、また黙って頷くだけだった。
「もう、なんか乗りが悪いんだよなあ、朗って」
 和也は、横目で朗を見ると、実につまらなそうに裏返りぎみの声で言った。朗には分からないだろうけど、実はそれは和也が何かを企んでいる時の合図だったりする。
 けど、そんな和也に気づかない朗は、つまらなそうな和也に向かって胸を張っている。
「悪いかよ」
「ふふーん」
「何だよ」
「朗、幽霊が怖いんだ?中一にもなって」
   和也の意味深な笑いに眉間にしわを寄せて尋ねた朗は、ずばりと和也に怖がりを指摘されて、真っ赤になった。真っ赤になって、それから、ちっとも否定になっていなかったけど、ぶんぶんと首を横に振った。
「こっ・・・怖くなんかねえ!」
「本当に?」
「ああ!」
 思いっきり力を入れて答える朗は、和也の目がニヤニヤ笑いになっているのにちっとも気づいていない。ああ、あの目は絶対なんか良くないことを考えている目だ、と思ったけど、僕はその時、和也がこの後なんて言うのか気になるなあ、という好奇心に負けて、和也を止めることができなかった。
 そう、後で僕は、このとき朗に助け舟を出さなかったことを、とてもとても後悔することになるのだ。
「じゃあさ、今夜皆で肝試ししようか?」
「へ?」
 朗を含め、僕達全員が、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
 そんな僕達を見て、和也は全く悪気の無い顔で更に言う。
「だって、肝試しはグループでやるもんだろ?」
 いつの間に僕達まで勘定に入っていたのだろう。僕は結局それを和也に訊くことは無かったけど、気づいたときには朗に怖い思いをさせるためだけに考えついたのだろう肝試しは、僕達6人全員が参加しなければならなくなっていた。


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