そして先生は、今までとは打って変わって渋い顔をして、ついに真相を語り出した。
「いまから全てを話す。いじめについての話の時間にこのカードゲームをした理由も、先生がインチキなカードゲームをさせた理由も。」
 この推理小説の読み過ぎじゃないかというぐらいの大げさな台詞を聞いた時、僕は僕の思った通りこの人は企みを持っていたと悟ったのと同時に、この人は何か大きなものを持っていて、期待できるんじゃないかと直感した。
 先生は、
「まず、先生はいじめとは弱い者いじめから来た言葉だと思う。そこでだ、今やったインチキなカードゲームはまさにこれじゃないか?これと同じじゃないか?いじめられている者、このゲームでいえば勝ち目の無かった戸坂は悲しかったりつらかったり、嫌な思いをするよな。また、カードでいえば勝った方は勝って単純に喜ぶ者もいるが、川谷みたいに弱い者に勝ってもおもしろくないといった者もいる。実際の所、弱い者いじめを楽しんでいる者は世の中にはたくさんいて、今問題になっている。しかし川谷のように弱い者に勝つのはおもしろくない、言い換えれば、弱い者いじめはおもしろくないとみんなが思えば、いじめはこの世からなくなるということはなくても、いじめの数が減ったりいじめを受けている者を助けたりすることができるはずだ。そうみんなは思わないか?」
 僕を含め、ほとんどの生徒が先生の話を夢中で聞き入った。
 そして更に先生は続けた。
「しかしだな、みんなの生活はこのカードゲームみたいに単純じゃない。数字の大きい子に数字の小さい子がいじめられていたら数字の小さい子を助けてあげることができるんだ。逆に数字の大きい子と一緒になって数字の小さい子をいじめることもできる。ただ見ているだけで何もしないということもできる。先生なら、助けてやりたいなぁ。」
 生徒達は先生の話を黙って聞き続け、話を聞きながらうなずく者もいた。
「そして、人間の生活と紙切れでできたカードゲームでは決定的な違いがある。さっきも言った通り人間は助け合うことができる。もうひとつは自分の数字が大きかろうと小さかろうと数字の大きさは変わるということだ。今自分の数字が小さければ大きな数字に変わるように、強くなるようにがんばればいい。そうだろう?」
 生徒達は先生の不思議な魔力によってその身を虜にされているかのようだった。
 そして最後に先生はこう言った。
「みんなの生活はみんなで作るもんだ。だからみんなの生活にいじめがあるかないかはみんな次第なんだ。それだけでもよくおぼえておけよ。」
 先生がそう言い終わると同時にチャイムが鳴った。
 それからというもの、僕のクラスの生徒はいじめに関する関心が高まり、僕のクラスのいじめどころか隣のクラスのいじめられっ子を守り、その事件を解決させたなどの功績を残すようになった。





 僕は今教師をしている。なぜ教師をしているのか、それは愚問だね。けどあえて言う。あの日の、あの先生の言葉を次の世代にも伝えたいから。そして、いじめられっ子の気持ちをわかってほしいから。味わった者だけにしかわからない痛みを知ってほしいから……。


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