母・奏の電話を受けて早太はリビングに戻った。

電話を代わられた早麻が恨めしそうに早太と、彼の右手に握られたメモに注がれる。

「・・で、おばさんの用事ってなんだったんだよ」

クッションに噛みつきながら、早麻は問う。

早太は冷ややかに兄と一瞥した後、指定席になりつつある一人掛け用のソファーに座った。

「暗号を解けってことだよ。ヒントは漢字検定と和洋混合・・・・」

「で、その暗号ってなんなわけ?」

早太は返答のかわりにメモをテーブルに投げた。

ガラスのテーブルを滑ってきたそれを、早麻は摘み上げる。

早太の性格をあらわした字に衝動的に目を細めたが、すぐに暗号に集中した。

紙にかかれた『一』と『昇』と『黙』――――

早麻はそれを素直に解釈して、

「一生黙る?」

「・・・・・・バカか。それじゃ暗号のヒントの意味がないだろう」

呆れたように早太が言う。

じっと、早麻は弟を見上げたが足を組み、ゆったりと座った態度はもう答えが導き出された事を意味していた。

先に暗号を手に入れたのだから、先にとけていて当然だと早麻は呟く。

双子なのだから遺伝的に知能の差はないはずだ。

「まだ解けないのか? 同じ遺伝子だから優劣はないが、稼動状態に差はあってもおかしくはないか」

早太の敵味方構わずくりだされる毒舌に早麻は撃沈されかける。

が、前向きで思いきりのいい性格が彼を再起させた。

「うるさいな。すこし黙ってろっ!」

その負けず嫌いな所が弟・早太に遊ばれる原因なのだが・・・・。

「えーと、漢字検定・・・・検定のほうか・・・いや漢字の方が重要視されるよな」

ぶつぶつと推理していく。

漢字の種類はどれも日常的に使われるもの。

学校で習うような漢字ばかりだ。

そしてもうひとつのヒントが『和洋混合』。キーワード的にはこっちの方が重要に思える。

「和洋って、日本とアメリカだよな。漢字が暗号ってことは漢字がなにかアメリカのものを指し示しているわけで・・・・・」

らしくもなく論理的に責めるが、こういったことは早太の得意分野だったりする。

当然、いき詰まる。

「人間、慣れない事はしないことだ」

「るいっさいなぁっ! 考えがまとまんねぇ―だろうがぁ!!!」

「正論を言っただけだ。気にするな」

「気にするわぁっ! だいいちこんな漢字習った覚えなんて―――――――あ」

ふっと、早麻の脳裏に光がよぎる。

メモの漢字を指でなぞり、空いた左手の指を折る。

三つ目の漢字が空に描かれると、早麻の口端に笑みが浮かんだ。

「そういうことか、この暗号って・・・・・」



静かな捜査一課の室内に、有名な映画のテーマソングが流れる。

一小節が流れると微笑を浮かべる奏がとる。

「はぁい、たっくん解けたのね」

はたと、室内にいた刑事達の手が止まる。彼らの中心には先ほどの暗号があった。

宿直の暇つぶしにと解いていたのだが、まだ解けてはいないようだ。

『ああ、これは非常に手は混んであるが単純なもの。漢字検定って文字通り漢字能力をはかる検定。日本で漢字の能力をはかる方法といえば、読み方と送り仮名のほかに何がある?』

「あ、書き順か」

ぽむと奏は手を打った。その言葉を聞いて同僚連中がメモに書き方をつづる。

『正確には画数だがな。ま、漢字検定から漢和辞典と発展して画数とさかのぼる方法もある』

奏の背後で画数が1と8と15と出てくる。

『次にそれを和洋混合で―――ってここまでいえばわかるだろう』

「うーん。わからない事もないけど、その推理口調をもう少し聞いときたいな、母さんは」

『・・・・・・・・・』

母のわがままに沈黙する早太。

息をつく音が聞こえて早太は続けた。

『日本の漢字にあたるのはアメリカではアルファベットになる。これらの漢字から導き出された数字はアルファベットの順番に対応している。出てきたアルファベットが暗号の答えだ。じゃあ、もう遅いから切るな』

妙に切るのを急ぐ早太に小首を傾げるが、奏はおとなしく電話を切った。

暗号が解けたのだからすぐに彼らと再会できるだろう。

笑顔で同僚を振りかえった瞬間、凍りついた彼らと目が合った。

怪訝そうに近づくと、引きつった笑顔を浮かべお茶を入れないとか、調書を作らないととか無理矢理に理由をつくって去っていく。

再び小首をかしげた奏はテーブルの上に置かれたメモを拾い上げた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

青天の霹靂が室内を襲う。

そしてきっちり数秒後、怒り狂う彼女が放火犯を取り調べている部屋に殴りこんだ事は調書には書かれなかった。



母親への電話を終えて、早太は重いため息をつく。

「にしてもさ勇気あるよな」

暗号を解き終わって、早麻は呟いた。

「そう・・だな。かあさんによくあんな言葉を吐けたもんだ。いまごろ殴りこんでるぞ」

殴りこんでいる姿を想像して二人は笑う。

「冗談のつもりだろうけど、相手を見てやればいいのにな」

ちらりと早麻は答えの書かれたメモに視線を落とす。

そこには『A・H・O』と書かれた文字が殴りかかれていた。

 


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