アルファベット症候群
                        霧菜 楓  

 しとしととうっとうしい雨が続くなか、間宮早麻は期末試験にむけての勉強にいそしんでいた。
   いつもはほとんど一夜漬けで片付けてしまうのだが、前回の中間試験が猛烈に悪く、殺人事件の捜査に行き詰まっていた母・湊に雷を落とされてしまったのだ。彼の辞書によると怖いものは地震、雷、火事、おかんである。もうひとつ付け加えるのなら、にこにことわらう上機嫌の父親だろうか。
 机に頬杖をつきながら、進まない参考書を放棄して彼はじっと灰色の空を眺めていた。日曜というのに自宅の自室で教科書と格闘なんて、不毛にもほどがあった。雨だけど、学生が遊ぶところは山ほどあり、下には最近購入したばかりのPS2の誘惑があった。
 おそらく下では首尾よく好成績をとった弟の早太がDVD鑑賞をしている。
 仏頂面で停滞していた教科書に目を落とす。
 かりかりと教科書に鎮座する歴史上の人物の顔に落書きをした。
 源頼朝にめがねとちょび髭をかく。
 強調文字に適当にアンダーラインを引いて、ページをめくる。
 文字は飛び込んでくるが一向に記憶にのこらない作業に、早麻はため息をこぼした。
 そしてページをめくる。
 長い沈黙。
 聞こえてくる英語と効果音に、早麻はわなわなと両肩をふるわせた。
「だぁぁっ、やっとれるかこんなことっ!!」
 いきり立つと参考書と教科書を閉じて下に駆け下りた。
 リビングのドアを開けると、借りてきたDVDを見る弟が画面から視線をあげる。勉強中の兄の登場に彼は冷笑を浮かべた。
「なんだ、もう終わりか? ほんの一時間しかこもってないじゃないか。それとも知恵熱でもでたとか」
「ほっとけよ。短期集中型なの、俺は!」
 ソファーにくつろぐ早太を憎らしげに一瞥すると、冷蔵庫からペットボトルを取り出した。
「ラッパ飲みはやめろよ」
「〜〜〜〜〜〜」
 直接口をつけようとしたペットボトルがわなわなとふるえた。
 こめかみがひくつくのを感じながら、早麻はコップにそれを注ぐ。
 冷たい液体がのどをかけおりると、彼はすこし落ち着いた。
「なに見てんだよ」
 片手にコップを持ったままリビングに戻った早麻は、映画に没頭する弟の後頭部をこづいた。
 眉間にしわを寄せた早太はめんどくさそうに兄を見上げる。
「処刑人」
 つぶやきとともに、画面では二人の男がひざまついた男の頭をぶち抜くところだった。CrossとかGodとか単語をひらい聞きする限りでは、キリスト教色の濃い作品らしい。
 流れてくるのは英語だけで内容を把握できなかったが。
「おまえ、こんなの趣味だったか?」
「英語の勉強。これ、宗教用語がおおいからな」
 英語の勉強といっても、流れる画面とつまらなそうな早太の表情から、二流映画なのだろう。
 双子として生を受けながら、一方は天才児、一方は落第寸前。遺伝子は同じで、生活環境も同じだというのにどうしてこんなに差が出るのだろうか。しかし兄の早麻はできのいい弟の早太をひがむこともなく、むしろそんなことなど気にしないみたいで、そのおおらかというか大雑把な性格を早太がうらやましいと思っていることなど、絶対の秘密だった。
「あ、やっぱりこっちいいた」
 しばらく映画鑑賞に没頭していた二人に、悪魔のささやきが吹きかけられる。
 ドアをあけて入ってきたのは、にこにこと楽しげな笑顔を浮かべる父親、耕平だった。売れない作家である彼はもっぱら主夫業に専念し、家を空けることの多い湊にかわって、家事全般を引き受けている。
 彼の笑顔を見たとたん、二人の息子は硬直した。
 自称推理作家な彼はネタに行き詰まると息子で遊ぶ癖があるのだ。
 しかも家事全般という切り札を持っているので、母親以外はだれも彼に逆らうことはできない。
「なに、親父――?」
「あのな、ちょっとこれみてくれないかな?」
 おずおずと差し出された紙切れに二人はやっぱりと内心でため息をつく。
 早太はDVDを止め、その紙片を受け取った。



2315154=シン

1951=カイ

69198=?


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