「――――で?」
 紙面に目を落とした早太が冷ややかに問う。
 冷気をはらんだ声に、普通ならおびえるところだが無敵の父親はにこにこと笑ったまま、こう続けた。
「それといてみて。といたら、晩御飯はまともなものつくるから」
 ひそかに脅迫めいた言葉に、口がふさがらなかったのは早麻であった。
「じょっ、冗談じゃねぇーぞ! 食べ物を盾に取るなんて卑怯じゃないか」
 前回からの学習で耕平は食べ物を盾に取れば少なくとも早麻が真剣になることを覚えたらしい。
「えーだって、命がけの推理ってなんだかぞくぞくするでしょ」
「命がけの推理なんて、普通に生きていたらしないものなの」
「あるかも知れないよ。雪山のロッジや豪華客船の中で連続殺人事件が起こったり、殺人の疑いがかけられたり、殺しのプロから命狙われたり―――」
「そんなことあるかっ!」
 ついに切れた兄を尻目に、弟は秀麗な唇の片端だけを器用に吊り上げた。
 冷笑を浮かべて、紙切れを暴れる早麻の鼻先につきつける。
 白い紙片を突きつけられて、早麻の動きが一瞬だけとまった。
「早麻、おまえ直感でわかるか?」
 紙を突き出したまま、早太は問う。
 早麻は戸惑いながらも、じっと紙を見つめた。
「――――――――ギョ・・・・・・・とか」
 ずいぶん長い沈黙のあと、控えめに早麻は答えた。
 重い沈黙。
 内なる動揺を隠しつつ、早太はため息をつく。
 耕平はほーうと、メガネの奥で瞳を輝かせた。
「直感だけはいいんだけどな」
「あ、いまおまえ、馬鹿にしただろ」
 無言のまま早太は視線をそらす。
「理論的にはわかる?」
 耕平が興味津々とした瞳で、早麻に問う。
 早麻は小首をかしげ―――――寝た。
「……寝るなよ」
 寝たふりをする兄をバカにしたような、いや実際ばかにした口調で早太は突っ込んだ。頭を小突かれて、早麻は不機嫌な顔で早太を見上げる。
「わかる訳ないだろ」
「だったら、ご飯抜きだな」
「うっ…………」
 これが解けなければ食事が当たらないことを思い出して、早麻はうめいた。必死に、紙切れを睨み付け、小首を傾げながら眉間に皺をきざむ。
 唸り声がしばらく続くと、おどおどと早太を見上げる。
「……まさか、これアルファベットの順番か?」
 数字の部分を指し、早麻はそう問いかけた。
 頭の中で数字をひらがなに置き換えてみたがどうもうまくいかない。となれば、残された文字はアルファベットに限られてくる。
「でも、それならこれが何でシンになるんだよ……」
 描かれた答えはどうしても示されたものとは別のものになった。そこからまた変換するのだろうかと、頭を働かせるがどうしてもおおきな壁にぶち当たってしまう。
 早太も同じ所で壁にぶつかったが、次の文字が一致する為、そこのところはあえて無視した。耕平のクイズには時々、つじつまの合わないところが出てくるのだ。それが彼が売れない作家であることの由縁だろう。
「親父、これ、この意味にならないぞ。」
「え、だってそう言わない?」
「なんねぇーよ。23でW。1515でOO。4でDだろ。WOODで木じゃん。どうしてもシン=森という意味になんねぇー」
 早麻の指摘に耕平は問題を手にとる。
「そうかぁ? でも下の例でわかるだろう」
「SEAで海の方はな」
 冷やかな声が告げると、中断されていた映画が再開された。
 銃撃の音と人々の悲鳴をバックに、問題解きは続けられる。
「海でカイ。FISHで魚=ギョ。面白い問題だろう」
「はじめがFORESTで6151851920になっていればな」
「そんな細かい事〜」
 笑い飛ばす耕平に、早麻は脱力した。
 このアバウトな性格が無ければ、推理物を書く作家としての才能は十分だというのに……。
「で、問題解いたから、ご飯ちゃんと作ってくれるんだろうな」
 ひと段落ついて、早麻は尋ねた。
 耕平はにっこりと微笑を浮かべ、そして告げる。
「とりあえず、あと三時間ほど勉強したらね」
「――――――………」
 この時、早麻はぼろぼろと涙をこぼしたとかこぼさなかったとか。


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