旅行から一週間たって一通の手紙が届きました。差出人は彼でした。内容はよく覚えていません。
それから手紙は、毎日毎日届くようになりました。
 最初の内は私に対する想いというか、そう言ったものが書かれていましたが、次第に私の一日の行動や服装、そう言った事がびっしり書いてあるのです。
 私は背筋がゾクッと寒くなりました。
 怖くて怖くて、すぐにアパートを変えました。
 でも何故でしょう、一週間もしないうちに手紙は来たのです。今度は電話も毎日かかってくるようになったのです。
 どうして、なぜ…恐ろしさと不安で頭が混乱していました。彼のあの目がどこまでもどこまでも私を付け回している。街を歩いていても、会社で仕事をしていても、彼のあの目が、声が頭から背中から私の身体中から感じられるのです。
 精神的にも、肉体的にもボロボロになっていくばかりでした。
 そんな時です、私はたまたま寄った雑貨屋で、あのとき彼と一緒に来ていた人に偶然出会ったのです。三人の中では一番、素直で優しい笑顔が印象的な人でした。
 私はとても驚きましたが、少し嬉しかったのです。私はその人を…すこし気に入っていましたから。
 その人も私と同じだったようです。「あのときは彼が狙っていたから」と冗談まじりに話してくれました。その時の照れた表情が、男の人なのにかわいらしいと思ったものです。
 その人の笑顔が私を優しく暖めてくれる、そんな気にさせられるのです。ほんの数時間でしたがとても楽しかった。その日から私たちは、会社帰りに会うようになったのです。
 そしていつしか私たちは愛し合うようになりました。
 誰かを愛することがこんなにも、心を軽くするなんて私は知りませんでした。その人がそばにいる、ただそれだけでもう他になにも要らない、そう思うほど、私は幸せで…夢のような甘い時間を心から楽しむことができたのです。
 その間私は彼からの手紙も、視線も気にならなくなっていました。本当に…幸せだったのです。
 ところがです。突然私の幸せな時間は、その人の転勤という楔を打ち込まれ、淡く終わりを告げました。しかも外国へ行くというのです。
 その人について行こう、そうも考えました。ですが、私は言い出せませなかった。言葉もままならない、これからその人が味わう苦労を考えれば、私という存在が彼の足かせになることは、目に見えて分かっていたからです。その人も「ついて来い」とは言いませんでした。
 でも、その人が最後にくれた笑顔を私は今でも覚えています。その人は照れながら小さな紅い石のついた指輪を私の薬指にはめて、「必ず迎えに来るから。待っていてほしい」と言ってくれました。
 嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、笑いたいのにどんどん涙がこぼれて、その人の顔がよく見れなかった。
 その人の乗った飛行機は、真っ青な空に溶けて、私は自分の左手にはまった指輪にそっと触れました。
 こうして指輪に触れていれば、大好きなあの人の愛を全身に感じられる気がしたのです。



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