殺意と悪意とハーブティー
                             辻 李




三月兎と帽子屋は、毒など無いからお飲みと言った
けれど彼らは知りもしない
子供が飲めば甘い薬
早く大人になる薬
大人が飲めばそれは毒
我が身を刻む甘い毒
知らぬ事こそ何よりの罪
存ぜぬ事こそ何よりの罪





 最初に、俺、こと本山正がその噂を聞いたのは、二学期が始まって、数日も経たないうちの事だった。
 同じクラスの井上が妊娠している。
 妊娠、ニンシン。
 言葉の上、知識としてなら知っているが、俺自身はそれと同じ状態を経験する事はまず不可能だ。男なら当然だが。
 小学校、中学校の頃とは違い、高校生にもなると、夏休みの終わりには、学年に一人、大抵そう云う噂を背負わされる女子が現れる。それは殆どの場合、休みの間に恋人ができた奴だったり、他の女子から要らない嫉妬を買う羽目になった不幸な奴だったりする。
 けれど、今度の場合はどうやら最悪のパターンらしい。
「なあ正、二組の泉谷って知ってるか?」
 最初に噂を仕入れてきた和也は、同じサッカー部だというその男子の名前を、昔から変わらない好奇心の塊みたいな目で話してくれた。
「泉谷はさ、テニス部の瑞穂ちゃんと付き合ってたんだ。けど、夏休みに久子ちゃんと浮気して、その時に久子ちゃん、出来ちゃったらしいって」
 まるで昼時のワイドショーさながらのエピソードじゃないかと思いながら、俺は目の前の脳天気な顔を見る。
「・・・和也、お前それ誰に聞いた?」
「水泳部の麻紀ちゃん」
 尋ねると、あっさり答えが返ってきた。
 本当、女子の友達多いね、お前は。
 俺は正直、井上のフルネームが『井上久子』ということにすら大した興味は無かった。
 同じクラスとはいえ、出身中学は別で、一応顔と苗字は一致していたから、わざわざフルネームで記憶する必要もないと考えているのもあるが、実際のところを言わせて貰うと、めんどくさい。和也が聞いたら絶対に怒る発言だが、俺はそうとしか思えなかったから。
 小学校、中学校までは、これでも割と社交的な子供だったのだが、高校生になってから、俺はやけに、人付き合いに対して怠惰になりつつある。改善しようとする意志は、今のところ無い。
 だから俺は、和也の話を半分以上聞き流しながら、目の前で弁当を食べている数人の女子が、どうやって持ち込んだのか、小さなポットで紅茶を入れて飲んでいる光景を、平和だなあ、と思いつつ眺めていた。
 教室の中に、その紅茶から漂ってきたのだろう、薄荷のような匂いが充満する。
 涼しげな、けれど甘ったるい匂いに閉口して、俺も和也も、一斉にぬるくなった炭酸飲料を口に含む。
「俺さ、女の子は好きだけど、女の子のああいう所は苦手だなぁ」
 和也の言葉に、俺も無言で頷く。
 一口飲んだ炭酸の後味は、女子の飲んでいる紅茶の匂いに負けず劣らず甘ったるかった。


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