UNDER THE SON
                        桑村 実

 この作品をサタンとその地獄の軍団、あとついでに神にも捧ぐ


 雨が降っていた。みぞれ交じりの水滴が、ためらうように屋根のトタンをまばらに叩く。時計は午後九時四十分を指していた。雷鳴は無く、全ての音が次々と大地に降り立つ言葉の無い雫へ吸い込まれていくようだ。彼等は屋根に、アスファルトに、コンクリートに、次々と殺到してはその命を終えていく。そしていつか朝日を迎えたとき、彼等は自らの体が光を放つ結晶としてそこここにいくつもの鏡を形作っているのを見るのだ。
「はあ・・・、最後の一本か」
 俺は折れ曲がって皺だらけになったたばこに火をつけた。俺の名は河合雄一。物憂い下宿生活を営む貧乏学生さ。俺の癖、尻ポケットにたばこを突っ込むくせだけはなかなかやめられない。そのまま座れば一発でケースがつぶれ、中身はもみくちゃになる。それがわかっていながら、ついつい繰り返してしまう。味自体には直接関係無い、これがその最大の理由だろう。たちまちもうもうたる煙があたりに広がる。天井にくっきりと輪郭の見えた蛍光灯も、今はその光の畝も見えない。
「・・・って、おい!」
普通こんなに煙出るか?たった一本吸っただけなのに、これじゃ場末の雀荘だ。確かにはじめて吸う銘柄だけど、これまでの十九本はこんな事無かったぞ。
「湿るとこんな煙が出るのかあ?」
だがそれは、すぐに間違いだと気付いた。その大量の煙が、まるで生き物のように渦を巻き、一本の柱のようにかたどられていく。 「か、怪奇現象!ビデオカメラ!」
が、そこではたと気付く。悲しいかな、俺の部屋にはそんな家庭的な電化製品など存在しない。ワンルームに一人暮らしの俺の生活で、たとえそんなものがあったとして何を撮れと言うのか?とりあえず買ってみて、年に二回も行かない旅行の記録にも飽きた挙句に「ビデオ日記」などと言うサブい物を撮り出すなど、そんなオチは絶対避けねばならん。
「ああ・・・テレビ番組に投稿して、有名人になれるチャンスだったのに」
 俺がわが身の先見性の無さを嘆いているうちに、煙の柱はどんどんその密度を増していった。柱の中心はすでに視線を通さず、心なしか黒鉛の渦巻きにもその色を近づけていく。俺は我を忘れ、食い入るように白から灰、灰から黒へと色彩を変えていく回転の中心に見入った。その時その闇の核心からあふれ出たのは、多量の血と汚物をまとって大気を切り裂く稲妻であった。
「どうわあっ!」
さすがに腰が抜け、ぺたんと床にへたり込む。その後に現れたのは、妖しく燃える炎で俺を見下ろす一頭の雄牛であった。


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