夜道 〜五色の恐怖〜
M〜kou〜ICHI
夜道を歩く女が一人。少々おぼつかない足取りではあるが、家に帰ることぐらい造作もないことのように思っていた。年頃は、そう、二十に少し加えたあたりだろうか。グレイ系のスーツが板についてきたOLさん、そんな感じのどこにでもいるような女性である。
「ちと、遅くなり申したか。つきあいといえどもこのような時刻まで徘徊し回るとは、少し、反省せねば」
酔っているからなのかどうか知らないが、不釣り合いな独り言をつぶやいていた。
秋も深まり、まして夜となるとそれなりの寒さが襲ってくる季節。女はコートを羽織っていないことに今更ながら気付いた。
「それがしとしたことが、何たる不覚」
大方、店に忘れてきたのだろう。女はコートを取りに戻る気はさらさらなく、家路にいそぐことにした。
人通りは無に等しく、女一人歩くには危険と思われる寂しい通りも女にとっては歩き慣れた近道。いつもの様に歩く女の背後に、もう一つの影が等間隔で迫っていたのだった。
女は相変わらず奇妙な独り言を言いながら通りを歩いていた。ちょうど半分くらい来た時に女は異変に気付いた、いや、気付いたときにはもう遅かった。
「騒ぐと殺す」
いつの間にか女は、男にとおりの脇道に連れ込まれていた。仰向けに倒され口を手でふさがれている。
「騒がなければ殺さない、分かったか」
首を少し縦に振る女。この状況では素直に従ったほうが身のためである。助けがやってくる、などという変な期待は捨ててしまっていた。
男は左手で口をふさぎ、方膝を女の腹部に乗せ動けないようにし、右手にはナイフを握っている。全体を黒で統一するという服の選び方は、男の存在を消すに十分に機能していた。男も同じく二十歳の中程あたりだろう。
女はこれから自分におこることを考えはじめ、改めて恐怖感が襲ってきた。事が終われば殺される可能性は非常に高い。運良く生きていても人生は台無しになったも同然だ。
なぜ、こんな時間帯にこの通りを歩いてしまったのか、なぜ、遅くまで飲んでいたのだろうか、なぜ、今日に限って?
後悔が後を絶たない。頬を涙が伝う。自分が女に生まれたことを無性に呪いたくなる。
だが、男がとった行動は全く予期しなかったことであった。
「黙って俺のグチを聞け」
男は確かにそう言ったし、少なくとも女にはそう聞こえたはずである。
・・・・グチを聞け?
女は心の中で聞き返した。
「俺はなぁ、小さい頃から損なことばかりの人生だったんだ。この年で就職もできないのも運がないからだ。この世間というのは俺を分かっていない、俺にもう少し運があればこの国を動かすことだってできるんだ。そう思うだろう。えぇ!」
「はい・・・・」
ナイフを突きつけられていればそう答えるしかない。その後も男は、自分勝手な自己弁護と実現不可能なことばかりほざいていた。女はそんな男を見て、身の危険よりも男の頭の危険を心配してしまった。
「つまり、俺がいることでこの国は成り立っているようなもんだ」
救い様の無い男である。酔っていないから余計に怖いこともないが・・・・。
「もうこんな時間か、早く帰らねば」
男はそういうと女を置いて立ち去っていった。
・・・・ん?
「助かったの、私?」
女は考えた。
これはラッキーである。被害無しである。自分は運がよかった、そう思い立ち上がった。すると今までの緊張が切れたのか大量の涙があふれてきた。
恐かった・・・・
ただ助かりたい一心であった。
ハンカチを取り出して涙を拭う。多分、ひどい顔になっているだろう。早く帰って熱いお風呂に入りたい、全てを忘れたい、そう思い歩き出した。
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