※ 『万華鏡』に掲載した『HEATH 〜benefit of “happiness”〜』とは仕様が異なりますので、ご了承ください。
いえなかったコトバをあなたへ
つみかさねたオモイはうみにかえっていく
ふかいかんごくちいさなヒカリ
それさえけしさりのこるのはココロノイタイ
雪がはらはらと舞い散っている。季節は、冬。
降っても降っても積もる事のない雪は、けれども辺りを白く染めていく。
寒さの所為なのか人通りの少ない道にふたつの足音だけが響いている。
片方は綺麗な顔立ちで若く背の高い、男。服は今の情景とほぼ同じ『白』色で全身を統一している。
もう片方もまた端正な顔立ちをした、髪の長い女。
女の方が笑顔で男に話し掛ける。
「ねえ、眞城?今日のご飯は何がいい?」
眞城と呼ばれた男はしばらく考えたあと、彼女――黒邊常茂のほうを向いて言う。
「寒いから鍋とかは?」
確かに寒い日に鍋というのは定番だ。それに、鍋ならば用意や後片付けが簡単だろうという彼なりの思いやりも入っての言葉らしい。
しかし、
「・・・寒いのは白い服着てるからだよ〜」
と見当違いの答えを返される。苦笑している眞城を気にも止めずに常茂は続ける。
「フツー冬なら黒系とか着ない?白とかってなんか寒く感じるじゃない?てゆーか、眞城は春夏秋冬ずうっ と名前の通り真っ白な服着て・・・まあ、似合ってるからいーんだけど」
そう言うと常茂は少し照れたようにそっぽを向いた。
「そっか・・・一年経ったんだね」
ぼうっとしたように眞城は囁く。
小説やドラマのような劇的な出会い・・・というわけでもなく、普通に出会い、短期間「お友達」の期間を経て現在の「恋人」の状態に落ち着いている。何とも平凡この上ない。付き合い始めてから丁度1年、同棲し始めてからもう半年が経つ。今まで破局の危機というものもなく、いたって平穏に過ごしてきていた。
眞城が感傷に浸っていると横で常茂はぽん、と手をたたいた。
「うん。あ、そーだ。お祝いに豪華なお鍋にしよーか?冷凍庫の中に蟹とかあった筈だから・・・」
鍋の話はちゃんと彼女に伝わっていたようだ。多少テンポはズレているが。
常茂は鍋の中身を考えているらしく、さっきまでよりも少し速いペースで歩き出す。考え事をするときの彼女の癖だ。ついでに言うと一度考え始めたら他のことはうわのそらになる、というのも癖なのだが。
そんな彼女を気遣いながら、しかし嬉しそうに眞城は彼女のペースに合わせて歩く。彼にとっては日常茶飯事だから。
無言のまま、ふたりは歩きつづけた。傍から見ると仲が悪い様に見えるがこれがふたりのコミュニケーションなのだ。ゆるやかで、あたたかい時間。これがふたりの「絆」。
数分歩くと突然、常茂が足を止めた。
目の前には真っ白い建物。建物自体も白いのだが塀も、玄関タイルも何もかも白い。住居は一戸建てなのだが、必ずある庭もない。代わりにコンクリート――これも白い、が敷き詰められている。だから生活感がまったくないのだ。ひとが住む場所というよりは、研究室や実験室のような無機質な感じがするようなところ。
ポケットから鍵を取り出した眞城は鍵穴にそれを入れた。少し間を置いてかちり、という音が音のないせかいに響く。
雪のせいでもの音ひとつないからか、冷たい金属音がいやに大きく聞こえた。
それから、真っ白なドアが開けられた。
すると、そこもまた、真っ白だった。
調度品も、家具も、電化製品も、全部が白い。しかも一度も使われたことがないかのように真っ白だ。
玄関から中に入るとすぐに、ぱたぱたぱたと軽いスリッパの音を立てて常茂はキッチンのほうへ向かっていった。
玄関に、眞城はひとりになる。そうなると、なぜかとてつもなく不安になった。片時も離れたくない?いや、そんな単純な理由でないような。
「ねえ、眞城―?電気のお鍋出しといてー」
遠くから、常茂の高い声が聞こえる。
なぜか、眞城はすくわれたような気が、した。
彼もまたぱたぱたと軽い音を響かせてキッチンに向かった。
しばらくして。
こたつに入った二人の目の前には湯気を立てている鍋がひとつ。皿の上にはあふれかえるほどの蟹。
「ごめんね、ほんとだったらちゃんとお祝いしたかったんだけど・・・」
「・・・忘れてたんだよね?」
眞城は嫌味でない言い方で彼女の言葉を補足する。
「うん。だって、ずっと一緒にいるのがあたりまえ、みたいで・・・なんか、ね、ずぅっと前から一緒にいた・・・って思っちゃって」
「そうだね。そんな僕らのあたりまえをこれからも続けたいよね」
「・・・ん。あ、ほら、蟹、食べよ?いっぱいあるんだから・・・」
常茂は真っ赤になって鍋をかき混ぜ始める。この調子じゃ豆腐なんか潰れてそうだ。
それをかわいいなあ、と思いながら眞城は黙って笑って鍋をつつく。それをことばにすると常茂がよけい照れるのが分かっているから。
…蟹を食べると無口になるという。
このふたりも例に漏れず黙々と蟹の殻を積み重ねていっていた。
お互いある程度満腹になったところで、ひといきつく。これもほぼ同じタイミングだというのは仲のよさを物語っている。
「鍋って家族ってゆーかんじでいーよねえ」
常茂が至福の表情で呟く。そのことばには余り意味はなかったのだけど。
「・・・家庭築いてますってかんじだよなあ」
眞城もまた含意のないように言った。だけれど、常茂はぼうっと何回か彼の言葉をこころのなかで反復した後、また真っ赤になった。そう、彼のほうは確信犯だった。そうやって、彼女の反応を楽しんでいる。照れた顔が特にすきなのだ。
だけど、ちょっと悪い気がした眞城はすっと席を立って、
「んじゃ、とりあえずこれ片付けとく・な?明日とかに雑炊作ろうな」
と言って、電気プレートと鍋を配膳台の上に退ける。それから、茶碗やらを流しに持っていった。
じゃあじゃあと水の流れる音。ちゃんと皿洗いまでしてくれているようだ。
常茂も、そういう眞城の優しさというのを分かっている。だから、微笑みを浮かべて見守っている。
ほんとうに、ずっとこんな日々が続けばいいのに・・・。
常茂は思う。けれども同時にそうはいかないという予感めいたものも感じていた。
「常茂?」
またぼぉっとしていたらしい。名前を呼ばれるまで、彼がそばにいるのに気付かなかった。
コタツにふたりで並んで入ってくつろぐ。テレビを見たり、音楽を聴いたり・・・特に何をするでもないが居心地がいいのかだらだら時間を浪費している。
それは毎日繰り返される、『しあわせ』な時間。
ふ、と常茂は口元に笑みを浮かべる。そして、眞城に目線を合わせる。彼以外視界に入らないように、じいっと見詰めている。眞城は少し困惑して、でも彼女と同じように見詰め返した。そんな彼の行動に満足したのか常茂は満面の笑みを彼に投げかけた。
「眞城、わたし『しあわせ』よ。とても・・・」
事もなげに、だけど真剣に常茂は照れながら言った。
彼女から『しあわせ』ということばを聞くのは、はじめてだ。そうおぼろげに眞城が思った瞬間、総てはおわり、はじまった。
頭の中がザワついて仕方が、ない。霧がかかっていたのが晴れたような、しかしとても嫌な感覚で。
「・・・?眞城?」
頬に触れる指の感覚で、眞城はやっと気付いた。
泣いていたのだ。
すっと常茂は零れ落ちた涙を指の腹で拭う。少し不安げな表情で、それでも笑いかけながら。
「どうしたの?」
「……ごめん…」
不思議そうに見詰める常茂の瞳を眞城は直視できない。
沈黙。
しばらくして、やっと眞城が常茂をみた。彼女を見ることができるくらい、落ち着いたのから。いや、覚悟を決めたから。そしてゆっくりとその唇がことばを紡ぎはじめる。
「常茂・・・黙って、話を聞いて?さいごまで言ってからなら、何を言われても構わないから」
「・・・?」
「いい?」
「・・・うん・・・?」
「あのね・・・僕は・・・」
眞城の話した話はざっとこんなものだった。
それは、彼の職業に関する話である。
彼の仕事は『medecin est un assassin』と呼ばれるものである。
その仕事は簡単に言えば「ひとにしあわせを与えるおしごと」だ。文面どおりに採れば、それは全く問題の無いものだが。
昨今「淋しさ」を理由に自殺する人たちが爆発的に増えてきている。彼らは死亡人数の約半数にも昇り増加の一途をたどっている。その現状に政府も対応に追われ困り果てていた。もちろんカウンセラーを増やすなどの対応をとってみたのだが、一向に成果は上がらなかった。
そこで眞城のような仕事―medecin est un assassinが出来た。
「淋しい」という理由の自殺志願者のうち、特に酷く今日明日にでも実行に移しそうな人達の淋しさを忘れさせる役目を言い付かっていたのだ。
その為に患者のデータを調べ上げ、その人が最も信頼するであろう人物像を予測しそこで出来上がった人格を主治医に移植する。患者が「しあわせ」という言葉を発するまで、という期限付きで患者と付き合っていくのが主な仕事である。
もちろん、患者と主治医は事前に何度か面談するのだが、その記憶は当然のことながら消される。
記憶操作が出来るのならば、幸せな記憶を植え込み、現実世界に適応可能な人間に仕立て上げれば早いのだ が、それは余りにも患者の人格を尊重していないということで現行のシステムが採用されている。
・・・さて、患者が「しあわせ」という言葉を発した後の対応だが、主治医は患者を殺すことになっている。それ以上しあわせになれる見込みが無いから、せめて「しあわせなまま死ぬ」事を与えているのだ。もちろん、患者の事前承諾があるため、主治医は罪には問われないようになっている。
そして、この時点で主治医の中に作られた患者のための人格は崩壊して、もとの「自分」に戻るようプログラムされている。
彼らは医者である。
が、同時に殺人者でもある。
眞城はそんな仕事に携わっていたのだった。
そこまで聞いたとき、常茂は口を挟んだ。胸によぎる予感を否定したい、一心で。
「・・・じゃあ、わたし・・・は・・・?」
「・・・僕の、患者だ」
「じゃあ、私、貴方に殺されるの?」
「・・・まだ、続きがあるから、聞いて。僕は・・・君を殺せない。わがままかもしれないけど、出来ないよ。例えこの想いがニセモノで、作られたものであったとしても君を殺せないよ。生きてて欲しい」
ゆっくりと瞬きをしてから常茂は眞城を見あげた。
「・・・はじめて会った時もしろいふく、来てたね」
「思い出した?それでね、このまま一緒ってわけにはいかないんだ。僕らの仕事は特殊な権力が携わってるのは、分かるよね?だから厳しい規約があって、勿論これは違反だから」
ここで、一息をつく。それから、決意したようにまた口を開いた。
「・・・僕は罰せられると思う。でも君だけならなんとかなるかもしれない。しあわせって言ってくれたよね?その気持ちだけを残して、僕と過ごした時間を忘れさせる。そうしたらきっと『さみしい』って思って生きていかなくて済むと思うんだ」
「イヤ。…嫌よ」
きっぱりと常茂は拒絶する。それを聞いて、眞城は苦笑した。確かに困ったことではあるけれど、やはり嬉しいから。
「こう、考えて?僕を幸せにするって。・・・ね?」
「一緒じゃなきゃ・・・」
言いかけて、常茂は止まる。それから小さくため息をついて、笑った。抱えきれない哀しみを、隠して。
「・・・そうね・・・あなたはそーゆーひとだものね。だけど、忘れてあげない。絶対、覚えてる」
そんな事、出来るはずの無いことを眞城は知っていた。だけど、常茂が言えば不思議と『絶対』のように聞こえた。
「そうだね・・・あいしてるよ」
そう言って最後のキスをした。
言えなかった言葉を貴女へ・・・
積み重ねた思いは海に帰っていく
深い監獄、ちいさなひかり
それさえも、消し去り残るのはこころの“痛い”