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窓からは爽やかな初夏の風が吹き込んでいる。
そう、これが今の僕にとっての現実だった。
ここから見えるのは後ろに流れていく景色と運転手の背中だけ。他に何かが映っているわけではない。
誰にかは忘れたが、ため息をついてはいけないと言われたことがある。どうしてもため息が出そうになったら深呼吸をしろと言われたと思う。
だから今日も深呼吸だ。
吐く息と一緒にいろいろな思いも風に流されていくような気がする。
僕の故郷はもうすぐだ。
地域ローカル線の終点に近い駅。
僕の中では終着駅だ。
無人改札を抜けた先、申し訳ばかりの噴水が僕を出迎え、その先には数年ぶりの肉親が立っていた。
何事にも無関心なお袋より、理由はどうあれ僕を責め続けた親父よりも、今僕を待っていてくれる男が頼りだった。
「兄貴!」
僕の表情がどうだったかは分からない。グレーのスーツ姿の兄は笑って僕に手を振っている。
「久しぶりだな、晶介」
僕が飛び出した時より多少落ち着いた感じのある兄だったが、その言葉の節々から感じ取れる感覚は変わっていない。
どうやら兄に対するイメージは崩れずに済みそうだ。
「ここに来るまでに少しは落ち着いたか?」
この人には何もかも見抜かれている。
「少しはね。僕ももう子供じゃないよ」
「さぁ、どうだか。来いよ、この町にもちゃんとした病院が出来たからな」
兄は僕を近くに停めてあった黒い軽自動車へ連れて行く。車の種類には詳しくない僕だったが、兄にはなぜか似つかわしくないと思ってしまった。
兄のイメージじゃない。
「これか?」
僕が車を見ていることに気づいたらしい兄は、僕のほうを振り向いて笑った。
「俺も好きで乗ってるんじゃないんだよな、これ。いつもの奴がライト壊されてなぁ、代車できてんだよ」
兄がいつも乗っているものは気になった。
でも今はそんなことよりも相変わらず僕の考えを見通していることのほうが嬉しかった。
やっぱり、僕の兄だ。
それから親父のところに着くまで、僕たちはあんまり話をしなかった。年月が過ぎたからという理由だけでごまかせる空白はまだいい。
言葉を交わさなくても理解してもらえることの気持ちよさはなかなか実感できないものだ。
病院に着いた僕は感嘆の声を漏らしていた。
「立派な病院じゃないか」
「ただの田舎じゃなくなってきただろう?」
その後に、兄は『落ち着いたか?』と最初のように繰り返した。
僕はただ『ああ』とだけ呟いて、また病院の玄関を見上げていた。
「親父は、お前が帰ってくるのを楽しみにしてたからな」
兄の言葉は、何よりも励みになった。
今までの人生を何も恥じることはないと、そう信じさせてくれる。
親父のいる場所は三階だ。
終