こんなつもりではなかった。
私は横たわる死体を見ながら思った。
私はささいなことでと口論になり、ついカッとなって人を殺してしまったのだ。冷静さを取り戻した頃にはもう、遅かった・・・。
今まで、金持ちというわけではないが何不自由なく平穏に暮らしてきた。争い事など子供の頃から一度もした事なんか無い。しかし、それがいけなかったのかもしれない。子供の時は、喧嘩なんて、互いに傷つけ合うだけで無意味だと思っていた。が、一度も喧嘩をしたことがない私には、人を殴ったりすることによってどの程度相手に傷がつくとか、打ち所が悪ければ重傷になってしまうとか、そういったことがまるでわかっていなかったために、花瓶で人を撲殺してしまうという皮肉な結果だけが残った。子供時代に喧嘩をしていないが為に免疫がついていなかったのか、今更ながら私はそう思った。
悔やんでも仕方が無い。私は今まで平穏無事に生きてきた。ここで人生を台無しにされてはたまったものではない。私はこれからも平穏無事に生きて、幸せな家庭を築き、老後はのんびり年金生活を満喫するという人生設計を忠実に遂行しなければならない。警察に捕まれば当然監獄行きだ。獄中生活の中で平安などあるはずが無い。
では、これからどうするのか。すぐに答えが出た。逃げよう。
おっと、うかうか考え事しているうちに警察が来るとまずい。とりあえず証拠でもかき消して、そうしたら死体から少し離れよう。しかし、いきなり現場から行方をくらますのは得策ではないと、それは直感でしかないが、やはり私は警察が来るまで現場に残ることにした(当然、死体からは離れた所へ移動するという意味)。その後に逃げよう。私の出した答えは少し修正された。
それから約一時間後、誰かが私の殺した人の死体を発見し、警察に通報。そして警察が来た。警察の中に警部と見受けられる髭を生やした恰幅の良い中年男性がいた。その横に、お決まり(?)の素人探偵っぽい青年(何となく)がおり、その警部っぽい中年男性と話をしていた。君はどう思うかね、俺は他殺だと思うね、そんなやりとりだった。私の予想(その二人が警部と素人探偵だということ)は言うまでもなく的中している。
しばらく、その素人探偵君、略してシロタン(勝手に命名)は現場をあちこち嗅ぎ回り、うんうん唸った挙句、そうか、そうだったのか、などと言い放ち、私を含めた関係者数名がシロタン、警察の元(ひとつの部屋)に集合させられた。
いよいよシロタンの推理ショーが始まる。私は不安だった。ここで真相がわかれば一巻の終わりだ。
ついに来た。シロタンはあれこれ語っていたが、何を言っているのか私の耳には一切入ってこなかった。もしバレたらどうしよう、殺した直後に逃げりゃよかった、そんなふうに後から悔やみながら色々考えているうちに、シロタン司会の午後は○○おもいっきり推理ショーは終わりを迎えようとしていた。シロタンが犯人の名前を挙げる・・・。
意外だった。シロタンは見事にはずしてくれた。笑うしかない。犯人はお前だー、と調子こいて息巻いたわりに間違えてるんだもの。しかし、(私は彼の推理を犯人の名前以外聞いていなかったが)周りの人間は、彼の推理のプロセスがもっともらしく聞こえたせいか、(私は全く知らないが)シロタンが結構有名な探偵だったせいかは定かではないが、誰も疑わなかった。むしろ、シロタンに続いて、そうだったのか、お前だったのか、などと口々に言い出し、冤罪・誤認逮捕への道を一直線につくってくれた。おかげで私は高飛びさ♪
こうして犯人(に仕立て上げられた人)は逮捕され、警察に引っ張られる際、俺は無実だー、と叫んでいた。はいはい、世界中の皆があなたを疑っても、私だけは信じてあげますよ(私が真犯人だもの)、ケケケ。内心はこうだが、周りの人らと同様に私も、嘘つくなー、この殺人鬼―、などとヤジを飛ばしておいた。
落ち着いたところで私はこれからどうしようかを考えた。そうだ、やはり海外に高飛びしよう。何となく考えてはいたが、やはり海外の方が国内にずっと居るよりは安全だろう。では何処へ行こう・・・。色々考えた末、ベルギーに行くことにした。
何故、私がベルギーに行くことに決めたかと言うと、まず、私の父親はフランス人なのだ。だから私は(母国語の他に)フランス語も話すことができる。しかし、フランス語が話せるからといってフランスに行っては居所がバレるかもしれない(父親がフランス出身だし)。だから、とりあえず私はフランス以外のフランス語圏の国へ行くことに決めた。その中でベルギーを選んだのは、昔、父と母がベルギーへ新婚旅行に行ったことがあって、ベルギーの風土や料理について色々と聞いたことがあるから(両親の新婚旅行先ならバレやしないだろう)。しかしながら、とりあえずワッフル・ビールがおいしいらしいので行ってみようと思ったのが主な原因だったりして。それと、ベルギー南部がフランス語圏で、ブリュッセルあたりはオランダ語・フランス語の両方が話されているというのもそう。思いつきかと言われれば否定もできない。
ちなみに、両親の話によると、母の通っていた大学に父が留学に来た、というのが父と母の馴初めはだと聞いている。その後二人は結婚する。現在、父はフランス語の先生をしてて、外国語会話教室で駅前留学生にフランス語を教えている。
どうでもいいことも話に混じってはいるが、とにかく私はフランス語が話せるのだ。普段、両親がしゃべっていれば覚えてしまうものだ。