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朝も早くから、森中に響き渡るような大声を出したおかげで、俺はしっかり、『死の右腕』に拳骨を喰らった。
泊り客でも、初対面でも、注意する事は注意するし、怒る時はしっかり怒る。彼女がそういう性格なのだと、『美春の子』がフォローして、俺は大人しく、その言葉に頷いた後、『死の右腕』に謝った。でも、怒った後、何も引き摺らなくて、朝食作りを俺含め皆に手伝えと笑う彼女を見て、俺は思わず「良いお母さんになるな」と口走ってしまった。
独り身の嫁入り前に向かって何を抜かすと、これで本日拳骨二発目。頭の形が変形したらどうしよう、責任とってお婿に貰ってねと、普段ならここでもう一言飛び出るんだけど、今日ばかりはこれ以上やられると脳味噌揺れちゃいそうだったから、止めといた。
「・・・意外と迂闊だな」
とは『氷雪の牙』の一言。
良いんです。俺って基本的にこういうキャラですから。
朝食を皆で食べて、それからすぐ、俺は『死の右腕』の案内で、森から少し離れた所にある村に向かう事になった。
残った二人は、今日も森の中に仕掛けた獣取りの罠を見張りつつ、家の留守番をするらしい。
出発する時、『美春の子』がこんなことを言っていた。
「道の流れを逆転してくれる術師は、会えばすぐわかると思う。少し気紛れなところもあるけど、腕は良い筈だから」
にっこり笑うその顔で、結局最後まで年齢がわからなかった童顔男は、「会えて良かった、元気でね」とも言った。その笑顔がどこかで見たような笑顔で、俺は何と無く、また会えそうな気がして、同じ様に笑って別れた。
『氷雪の牙』は、道を下っていく途中振り返ると、何時の間にか森の入り口に立っていて、長い腕で手を振っていた。
「辛いんだろうね。別れの挨拶もせずにあれだけかい。何年たってもあの子は・・・ガキだねえ」
しみじみ話す『死の右腕』が、やっぱり母親の顔をしていたってのは、俺の心の中だけの秘密。
あんまり会話は少なかったけど、大きな道をゆっくり歩いていって、俺達二人は、太陽が丁度頭の真上に来る頃、小さな家がいくつもある、いかにも『村』って感じの集落にまで辿り着いた。
村の近くには畑があったから、その頃には既に気付いていたけど、随分人がたくさん住んでいる村だった。
大人も子供も男も女も、皆『死の右腕』達が着ていたような服を着て、見た感じはごく普通に農作業や、家畜の世話をしている。
村の広場みたいな場所までやってきたとき、俺が周囲をきょろきょろ見渡してる間に、『死の右腕』がちょっと姿を消した。どうやら、広場のまん前にある大きな家に入っていったみたいだ。
次に出てきたとき、彼女は、一人の少女を連れていた。
「和也、待たせたね。こいつが、この村で一番の術師だよ」
後ろに従えた女の子を、『氷雪の牙』が怒れない位、えらい簡単に説明する彼女に、そいつらは面白そうに笑っている。
俺はというと、彼女の不思議な見た目に、なんて言おうか、今一つ感想が思い浮かばず黙りこくっていた。
見た感じは、おかっぱ頭の可愛らしい、中学生くらいの子供にしか見えない。でも術師とか言いつつ、その背中に自分の背丈くらいありそうな長い木の杖を背負っていた。服装の方はと言うと、真白なスカートに、金色の刺繍がしてある前掛けをして、上着も、着物みたいな白のジャケットに、金色の刺繍がしてある。
お約束にファンタジーだけど、着物に似てる分、少しだけ親しみのある恰好だ。
何も言えない俺に、彼女はその楚々とした見た目にならったように、しずしずと口を開く。
「私は『葬列の巫女』といいます。よろしくね、迷い人さん」
こちらはこちらで、笑ってはいるし口調も丁寧だし、声も可愛いんだけど、目が笑ってない。それに、近くに寄りたくない。後一歩でも俺が彼女の近くにくれば、一瞬で息の根を止められそうな、そんな気配がする。
「あんまりおどかすなよ、『葬列の巫女』、和也が怯えてるぞ」
後ろを振り向いて、『死の右腕』があっさりと俺の心情をばらす。でも、可愛いのに恐い巫女さんは、そのままの表情で実に恐い事を言ってくれた。
「そう言われましても、私は貴女の頼みだからこそ、こうしてここにいるんですよ。そうでなけりゃ、異世界の男なんて、顔も見たくありません」
・・・そいつはディンジャラスなご意見ですねお嬢様。
心の底から青ざめた俺に、さりげなく『死の右腕』がフォローを入れてくれた。
「ごめんね、『葬列の巫女』はこういう奴だけど、腕は良いから」
なるほど、『美春の子』が話してた「腕は良い筈」の筈はここにかかってたわけね。腕は良くてもこういう性格っていう意味だったのか。まあ良いですけどね。ゲームの場合こういう腕っこきに限って、性格に難があるのが普通ですから。
「さあ、立ち話もなんですから、とっとと始めましょうか」
お約束にマイペースだし。
「・・・・・・でも」
と、悟りの境地に少しだけ入りかけた俺の思考を、急にその『葬列の巫女』自身が遮った。
一体、どうしたと言うのだろうか。たった今、とっとと始めようと言い出したのは彼女だと言うのに。
「それはひとまず、後回しにしましょうか」
『葬列の巫女』は、俺達がさっきやってきた方向をじっと見ている。その目は、さっきの恐い目とはまた少し違って、ある一点をしっかりと見据えている。
「珍しいですね、貴女様がこんなところに」
誰に言ったのか、同じはずなのに、さっきよりもずっと丁寧な口調で、彼女は静かに呟いた。
村の人間たちも、さっきまで騒がしかったのに、今はしんと静まり返って、同じ場所をじっと見ている。
俺は、そんな彼女の視線を追うように、後ろを振り向いて、そこに何があるのか、この目で確かめた。
「・・・・・・あ」
いた。
何処から来たのか、何時からいたのか、そこに、ここに本来はいるはずが無い、一人の少女が立っていた。
真白な髪にさした、一輪の赤い花。村の人間とも、二人の術師とも違う、真白な服。何の表情も無い、銀色の瞳。
『羽毛の蛇』が、言葉の無い森の賢者が、俺のすぐ後ろで静かに佇んでいた。