不公平な結果を出すくせに、いつも何かを求める存在なんて、俺はこれっぽっちも信用していない。
 目の前に立つ『羽毛の蛇』を見据えたまま、俺は子供の頃聞いた昔話を思い出していた。
 どうして、こんな話を思い出すんだろう。
 不幸だと、ずっと思っていたのは、楽園を追放された者、神に愛されなかった者のはずなのに。
 白い神の少女は、森に求められた。
 だから、彼女は鍛冶屋なんかじゃない。
 でも彼女は、森に求められたが故に、言葉を出す事を禁じられた。
 誰かと話すことを禁じられた。
 彼女は森に愛される事と引き換えに、それ以外の全ての世界から追放されたのかもしれない。
 なんだろう。違うはずなのに。
 彼女は、鍛冶屋と同じ・・・。
「―――――そうか」
 今、はっきりとわかった。
 不幸だったのは、鍛冶屋じゃない。
 楽園は、神が独占した者が閉じ込められる檻で。
 鍛冶屋は、檻の外に出られたんだ。
 あの物語は、本当の答えは。
 本当に不幸だったのは、その檻を楽園だと信じつづけて、神の策略で死んだ者。祝福されていたはずなのに、神にしか愛されなかった人間だったんだ。
「意外と、頭が良いですね、異世界の男」
 不意に、俺は後ろから話し掛けられる。
 振り向くと、全く気配がわからなかったけど、すぐ後ろに『葬列の巫女』が、背中のとはまた違う杖を持って、立っていた。
「どうやら、少し見解を改める必要があるようですね」
 彼女の顔は、さっきとは違ってとても可愛い。
 でもなんで、俺の考えてることがわかったんだ?
「長年の勘。・・・と言うのは冗談ですが、術師は皆、人の心を察する事に長けておりますので」
 にっこり笑う彼女は、俺の隣に立つと、手に持っていた杖を俺に手渡す。
「これを、賢者様にお渡し下さい」
「俺が?」
 首を傾げた俺に、『葬列の巫女』はしっかりと頷く。
「これを渡すのは、多分貴方が最も相応しい筈ですから」
 頷きは強かったくせに、意見は曖昧ですね。
 了解した俺に、彼女は続いて、こう付け加える。
「異世界の男・・・いいえ、和也殿。人というものは、どのような世界にいる、どんな人間であろうとも、必ず何かの役目を、そして、何かの枷を負っているものなのです。賢者様も、私も、『死の右腕』も、そして、貴方も」
 本当は不幸でも幸せな人間。愛されているはずなのに、愛される事の無い人間。でも結局、それはそれぞれの負う役目で、俺がこの世界にきたのも、きっと何かの意味があるのかもしれない。
「・・・何と無く、俺もそう思うよ」
 曖昧な答えだったけれど、俺の返事に『葬列の巫女』は笑ってた。
「何と無くでは有りません。貴方はもう、気付いているでしょう?」
 優しく、でも厳しく諭すような先生口調は、なんだか不思議と、俺が良く知ってる人間に似ている。
 俺は、苦笑いを浮かべると、改めて自分の手の中にある結構重い杖と、それを受け渡すべき『羽毛の蛇』の顔を見た。
 きっと、この手の中にある杖をあの子に渡せば、俺のこの世界での役目はそれで終わるのかもしれない。 でもな、それだけじゃない気もするんだ、これが。
 『羽毛の蛇』が楽園の神に祝福されている存在だって言うのなら、俺はさしずめ、悪者で、神様の野郎に踊らされて、いっつも痛い目に遭う鍛冶屋だ。
 けれど、この鍛冶屋は祝福されるものを妬んじゃいない。勿論、神様なんかに従う気は無いが、逆らう気だってはなから無い。
 俺は、あくまで俺だから、俺流で行かせて貰う。
 ずっしり重い杖を手に、俺は『羽毛の蛇』に向かって進みでた。
 一歩一歩進む俺の前で、彼女はやっぱり無表情でいる。
「ねえ、『羽毛の蛇』。今朝の俺の叫び、聞こえてた?」
 話し掛けても言葉は返ってこない。でも、彼女は確かに頷いた。
「あれね、冗談じゃなくてマジだから」
 杖が重いのは、俺の体力が無いからだけじゃないことを信じたい。
「君は可愛いよ。もし俺の世界にいたなら、森なんかには絶対渡したくないくらい可愛い。俺が保証する」
 今朝といい今といい、一人でこうやって喋りつづけてさ、本当に馬鹿だろ、俺。
 目の前に来るまでじっと待ててくれた『羽毛の蛇』に、そっと杖を手渡す。
 きっと最初で最後だろう、触れた彼女の手は、色白な肌に似合うくらい、冷たいと思った。なんかの本で読んだけど、手の冷たい女は心が優しいんだよね。
「じゃあ、俺これから元の世界に帰るからさ」
 さよならいっちゃうよ?
「―――ばいばい」
 最後は笑顔で終わらせるのが、俺の流儀。
 女の子に涙は見せたくないもんでね。
 だってさ、未練がましい男はもてないんだぜ?
「・・・強がるところが、子供ですね」
 さっさと戻ってきた俺に、『葬列の巫女』が余計な一言を囁いた。
「うるせえ」
 恐い性格のお姉ちゃんでも、この一言だけは言わせて貰う。
 せめて男の意地ぐらい張らせてくれよ、頼むから。
 ちょっと涙目になりかけてる俺に、反論も聞いちゃいない様子の『葬列の巫女』が、今度は真面目な顔になって小走りの俺に並んだ。
「さあ、帰還の儀式を始めましょうか」
あくまでマイペースな彼女に、俺はちょっと眩暈がした。


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