フクシュウ
                        キタミ アツシ


 手に残る生々しい、感覚。
 凶器の落ちる、音。
 むせ返るような血の、におい。
 そして、そこらじゅうに散らばる大量の肉の塊。
 …これは本当に現実なのだろうか?
 それとも、ユメ?
 自問自答を続ける、男。
 痴情のもつれからの殺人。そして、狂気は暴走し、一家惨殺に至った。
  『よくある事件』。そのただの、延長。
 
 後日、容疑者はあっけなく逮捕された。
 そして、また後日、犯人と断定された男は自殺した。


 ゆるさない・・・


 それは、何でもない日常。
「本当に、いいの?」
 とある有名店の中、きらびやかな指輪を眺めているふたり。…と言ってもショーウィンドウの前ではない。応接室のソファに座り、ひとつで高級車が余裕で買えるような代物を選んでいるのだった。向かい側には、店長と思われる男の 愛想笑い。もちろん机の傍と出入り口には屈強な警備員が居る。
 いわゆるVIP待遇なのだ。それに相応しく、選んでいる男女の身に付けているものも、一般人からすると、買うのに相当の勇気の要るものである。
「いいよ。記念日、なんだし」
 男の方が優しく微笑む。こんな店に来るには若すぎるような男だが。
「う〜ん…」
 悩んでいる女の方も若い。どう上に見積もっても両者とも30には届かないだろう。
「…いっその事、ぜんぶにしちゃう?」
 男は軽く言うが、本気で買うとなれば莫大な額となる。ひとつでも高額なのだが、目の前には20前後の指輪があったからだ。
「う〜ん、でもいっこの方がありがたみがあるような気、しない?」
 笑顔で女はそう言う。言ってから、またじっと宝石の方を眺めている。
 …これは、かなり時間がかかるなぁ。
 少し、苦笑しながらも男…菱川一葵は、自らの妻である麗を見ている。
 彼らは結婚して一年たっていない。今、明日に迫ったはじめての結婚記念日のプレゼントを買いに来ているのだった。
 一葵はとある大企業の社長の息子である。今はその系列の小会社の社長の座に収まり、かなり裕福な生活を送っている。
「ん、決めた」
 麗はそう言うと、桜色の宝石のついたシンプルな指輪を手にとった。「かわいいでしょ?」と笑っている麗に「うん、似合うよ」と笑う、一葵。それを聞いて、麗は満足そうに指輪をはめた手をひらひらさせて、ずっと笑っている。
「じゃ、これを」
 一葵がそう言うと店長は、
「カードでよろしいですね?」
 と、一安心したように言った。それもそうだろう、売上にかなりの貢献をするような一品なのだから。
「ああ、これを…」
 てきぱきと手続きを行い、店長の暖かい見送りを受けながら、ふたりは店を後にした。
「ありがとう、ね」
 笑顔で言う麗を見て、一葵も微笑んで「どういたしまして」と答える。どこから見ても幸せな夫婦だ。
 しかし、破滅の時は刻一刻と近づいていた。

 ささやかな(彼らにとっては、だが)食事を終え、『明日はどうしようか』といった話をしながら、ふたりは眠りについた。
 それから…1時間ほど経った0時ごろ、不審な影が近づいてきた。
 鼻を突く、におい。
鈍い、音。
 惨劇は、静かに始まり静かに、終わる。

 手に残る、感覚。
 凶器の落ちる、音。
 むせ返るような血の、におい。
 そこにあるのは、肉の塊。
 ただの、肉。
 生命を宿さない、カタマリ。
 …ああ、やっと悪夢は終わった。
 終わったんだよね?
 問う、人。
 こたえは、ない。
 これもまた、痴情のもつれ。


 私から、『彼』を奪った『あいつら』を許さない・・・  


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