3
結局その日のうちには目的地に着くことが出来ず、その晩は野宿となった。
あちこちで焚き火の爆ぜる音と、兵士たちのざわめきが聞こえてくる。
ランスロットは、自分の分の食事を抱え、人の輪から外れて、一人で月を見ていた。
頭上の白い月の横には、やはりあの浮遊城が見える。
アレさえなければ綺麗な夜空だと思えるのに。と、ランスロットがため息をついたとき、突然背後で声がした。
「月を見るのは好きか?」
振り返ると、闇の中で月の光を受ける銀色の髪が見える。
「またあんたか」
呆れ半分にそう言うランスロットに構いもせず、ガルムは彼の隣に腰をおろした。
「アレさえなければ、好い月夜なのにな」
不遜か、それともただ単に思いつきか、ガルムは先程ランスロットが思うだけで口にしなかったことを言う。
「あんたなぁ・・・・・」
それを言ったらまずいだろうと、ガルムを止めようとしたランスロットの言葉は、口から出ることなくガルムに遮られる。
「知ってるか?お前の名前・・・ハーティリーは、月にとても縁の深い名前だ」
「聞いてんのかよ?」
「そう、空には月と太陽を追いかける狼が棲んでいた」
いきなり奇妙な話を始めたガルムの顔を良く見ると、微かに頬が赤い。
この酔っ払いが。
ランスロットは、口の中でそう呟いた。
「月を飲み込もうとする伝説の狼の名前がハーティ。その名前をもつ者は、月の守護を受ける一族だったんだ。大昔な」
酔っていても、ガルムの声は昼間と変わらず、落ち着いている。
「昔話か?」
どうせ聞いていないだろうと思ってからかうように言ったランスロットの隣で、ガルムは一人、淡々と話しつづける。
「大昔、まだこの国が月と星の守護の元に平和であった頃、勇者と呼ばれる一人の男が、死神と呼ばれるある男に出会った」
「昔ねえ・・・」
「二人は最初のうち全く気が合わなくてな、何度も顔を合わせるたびに大喧嘩を繰り返した。けれど、そのうち腐れ縁も友情になって、二人は手を組めば最強と呼ばれるようになっていった。死神はそのうちに、勇者とずっと友人でいたいと思うようになってきた。それは死神が生まれて始めて神に祈った瞬間でもあった。けれど、それは叶わなかった。男と死神は種族が違った。男は死神よりもずっと早く年をとった。ある時、死神が何年も男に会えないときが続いた。けれど死神は、男が自分と違うことを忘れていた。また会えるだろうと軽い気持ちで考えていた。それが間違いだということにも気付かなかった死神が、ようやく男に会いに言ったその時にはもう、男は病気で死んでいた。死神は嘆き悲しんだ。その時死神は、生まれて始めて自分の存在を呪った。何故俺は人ではないのだと・・・」
言葉が途切れた。
ランスロットが隣を見ると、ガルムが木の幹にもたれて座り込んだまま眠っている。
「・・・・・・酔っ払いってのは、どうしてこう何処ででも寝られるのかね」
呆れ半分にガルムの体を支えて、人の輪に戻っていくランスロットは、先程ガルムが話していた昔話のことなど、すっかり忘れてしまっていた。
―随分とお気に入りじゃないか―
「五月蝿い」
―ドレイクのことでも思い出したのか?―
「別にいいだろう」
誰が話しているのだろう?
夢の中で、ランスロットは見知らぬ何かが二人、向かい合わせで話しているのを見ていた。
―ヒナ族の末裔か。二十年前の戦争で滅んだとばかり思っていたが―
「もう一族の血は流れていないさ。完全なドルクだ」
―そうか。ならもう、ヒナの血は絶えてしまったわけだ―
「古の一族なんてのはそんな物だ。ここにいる限り、いつかは滅びる」
―俺達のように、か?―
「血は混ざり合う。いつかは、全てがドルクに馴染んで行くんだろうな」
―古きものは滅び逝く運命―
「俺達は現世界に残る最後の純血種なんだろうか・・・?」
―さあな―
ランスロットは、その光景をボンヤリと眺めていた。
語り合う二つの生き物。
片方は銀色の竜。
もう片方は、銀色の・・・・・・。
『死神・・・・・・・・・?』
―いずれにせよ、そろそろ潮時ということだ。アレスとトールが目的を果たしてしまった今、現世界に俺達が留まる理由ももう無い―
「そうだな」
―で、向こうにはいつ帰る?―
銀色の竜に問い掛けられ、銀色の死神は、少し考え込んでから、短く答えた。
「明日の夜」
―明日、か。それまでに片をつけられるのか?―
「無理にでもつけさせてやるさ」
―そうか。じゃあ、早く来いよ。俺たちの準備はもう出来ている。後はお前だけだ―
「分かっている」
―急げよ―
銀色の竜は、それっきり姿を消した。
一人残った死神が、悲しそうな顔をして、月を見ている。
「・・・・・・潮時、か」
その声は、とても静かな、低い声だった。
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