今日も馬車は兵士たちを乗せてひたすら走っていく。
 一日あれば着くと言われた目的地はまだ見えてこない。
 一体、俺達は何処へ連れて行かれるのだろう?
 ランスロットは、口に出さずに心の中だけで考える。
 それは、他の兵士たちも同じ事だった。
 代わり映えのしない景色に皆があき始めた頃、昨日と同じようにランスロットの隣に座っていたガルムが、ポツリと呟いた。
 「何かが来る」
 小さな声だったそれは、隣にいたランスロットも思わず聞き逃しそうになるほど聞き取りにくかったが、彼は確かにそう言った。
 「ガルム、何が来るんだ?」
 と、ランスロットがそう尋ねた瞬間、何かがヒュン、と彼の頬を掠めた。
 突然飛来したそれは、軽い音を立てて馬車の荷台に突き刺さる。
 「これは・・・・・・!」
 それが一本の矢だと、そこにいた全員が気付いたのと、周囲の茂みから一斉に矢が放たれたのとは、ほぼ同時だった。
 「敵襲―――――――――――!」
 誰かが叫ぶのが聞こえる。
 矢に射抜かれた兵士たちの悲鳴と断末魔、馬の嘶きがそれに重なり合う。
 最初の一斉投射からなんとか助かったランスロットは、馬車から降りて愛用の剣を抜く。
 あまりにも唐突な強襲。わけもわからず殺されていく自分と同じ立場の兵士達。目の前には、恐らく敵兵だろう、弓を手放し、剣を構える傭 兵。
 待ち伏せされていたのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
 このまま敵に倒されるか、それとも死を恐れずに戦い、一抹の希望に全てを託してみるか、ランスロットの中で、二つの選択肢が現れる。
 「戦うか、それとも死か・・・」
 呟いてから、彼はなんて馬鹿なことを考えるのだろうと、自分自身を嘲う。
 戦いか死か、それ以前の問題だ。
 こんなところで死んでたまるか。
 最初の一人を切り伏せたランスロットは、頭上に浮かぶ城を睨みつけ、新たな敵へと踊りかかっていった。
 無抵抗なまま殺されるほど馬鹿ではない。まして、人を殺すことをためらうほど場数を踏んでいないわけでもない。
 一人、また一人と、ランスロットは機械的に敵兵を切っていく。
 人間の身体の構造は良く解っている。
 何処を斬れば効果的に殺せるか、動きを封じることができるか、兵士として生活するうちに、頭で考えるよりも早く、身体がそれを覚えるようになっていった。
 既に返り血で腕や肩当てが赤く染まっている。
 きりが無い。そう思った時だった。
 「・・・・!」
 脇腹を何かが抉る衝撃に、ランスロットの動きが一瞬だけ止まる。
 その隙に、片足に斬りつけられた。
 しまったな、と、一瞬だけ彼は後悔する。
 だが、次の瞬間、彼は背後の敵を振り向きざまに斬っていた。
 もう躊躇は許されない。
 足が一本やられたが、まだもう一本のこっている。剣を振るための両腕はまだ無傷。剣の切れ味は敵の血と脂で大分鈍ってきてはいたが、 それならそれで足元に転がる死体から借りてしまえばいい。
 これで十分だ。
 ランスロットは、返り血にまみれた顔で、凄絶とも言える笑みを浮かべる。
 その時、彼は確かに兵士ではなく、戦士であった。


 どのくらいの時間が経ったのだろうか。
 ランスロットは、血の海と言っても過言ではないほど兵士たちの血を吸った大地に腰を下ろして、一人ため息をついた。
 結局、敵は全滅したらしい。今現在動いているのが味方だけのような気がしたので、ランスロットはそう判断する。
 しかし、これは勝利ではないだろう。
 辺りは死体だらけだ。敵味方関わりなく、大勢の人間がここで命を落とした。
 かくいうランスロット自身、片足と片方の目に傷を負い、脇腹からの出血が一向に止まらない。恐らく、応急処置をしたとしても手遅れだと、自分で解る。
 目の前が赤いのは、血の所為か、それとも死期が迫っているからだろうか。
 「・・・・・疲れた、な」
 独りごちて、ランスロットはふと、あの銀髪の男の事を考える。
 死体の中に見当たらなかったから、生きてはいるだろう。けれど、五体満足で無事でいるだろうか?
 「・・・案外、俺の見えない・・・ところで、死んでたり・・して、な」
 途切れ途切れに呟く。大分喋るのが苦しくなってきた。
 嗚呼、そろそろお迎えが来る頃だな、と思っていたところに、頭上から声が降ってきた。
 「派手にやられたな」
 見上げると、赤い視界の中に、ガルムがいた。長い銀髪が返り血でまだらに染まっている。
 「なん・・だよ、あんた・・・無傷じゃねえか」
 返り血で浅葱色の服を赤く染め替えている以外は傷一つ無いガルムは、ランスロットの抗議に苦笑する。
 「済まない」
 低い声。
 あの時の死神と同じだと考えて、ランスロットはせめてもの皮肉を口にした。
 「・・・・どうやら俺には、天使じゃ・・なくて、死神が・・来たみたい・・だな」
 そういえばガルムは死神の話をしてくれた。今の今まで忘れていたけれど。
 「は・・・はは・は・・」
 何故だか無性に可笑しくて、ランスロットは荒い息の中、笑う。
 「ランスロット?」
 どこか遠くで、心配そうな、ガルムの声が聞こえる。
 「ごめん・・な、ガルム・・・おれ・・・・やっぱり・・ここ・・・で、終わり・・・みたい・・だ・・・」
 「ランス・・・もう喋るな」
 「あんた・・より・・・先に・・・・死んじまう・・・ははは・・・・駄目じゃんか・・・」
 赤い視界がだんだん暗くなる。ガルムの銀の髪が、次第に遠くなっていく。
 「ランスロット!」
 遠くで誰かが叫んでいる声がする。
 だれだったっけ?・・・・ああ、死神だ。
 銀髪の死神だ。
 「ガルム・・・・・ごめん・・な・・・・・・」
 もう二度と昔話を繰り返すのは御免だったけれど。
 「おれも・・・死神なら・・・・・・よかっ・・・」
 ランスロットの声は、そこで途切れた。
 ゆっくりと、身体が地面に倒れる。
 呆然とそれを見るガルムの足元で、彼の身体は、その命を終えた。
 『俺も死神なら良かった』
 最後にそういい残して死んだ青年の亡骸の目を、そっと閉じてやると、ガルムは何も言わずにその場を立ち去った。
 何事も無かったように。
 それきり、ガルムの姿を見たものは誰もいなかった。


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