―影和邇はね、人間の影が大好物なのさ―
 おぼろげな、祖母の声が聞こえる。
 私は懐かしい夢を見ているのか。
―月の晩にはね、人の影に命が移るのさ―
 夜寝る前に、青い蚊帳の中で祖母が話してくれた話。
―影和邇は、月の晩に人間の影ごと命を喰らうよ―
 縁側から、夜空の月が見えた。
―影和邇に気をつけるんだよ―
 祖母の話を聞きながら眠る私の脳裏に、ある光景が浮かぶ。
 海の上を、一艘の船が進んでいる。
 船の上にいる男の姿は、満月の光を受けてはっきりと、水面にその影を落とす。
 不意にその船に近付く影があった。
 大きな影。
 獰猛な牙を持つそれは、水面から姿を現すことは無い。
 影和邇だ。
 私の目の前で、影和邇は海に映った男の影を喰らう。
 海中の影が、大きく口を開き、海面に映る影を齧った。
 それはまるで影絵のような、そこだけ次元が消失したかのような不可思議な光景。
 やがて、男は、ゆっくりと倒れた。
 影和邇は、満足して姿を消す。
 後にはただ満月だけが、海の上に揺れる船を照らしているだけだ。
―影和邇に気をつけるんだよ―
 祖母の声が聞こえる。
 月の晩は影和邇が出て、獲物の影を喰らうのだ。
 だから私は、月が怖くなったのかもしれない。


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