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翌日、私は早速仕事の帰りに『海の家』へと足を運んだ。
守谷の安否が気がかりだったからなのだが、もしかしたらあの後病院に行って、今日は店を閉めているかもしれないと思いつつ、私は商店街の外れにある店舗の前に立った。
意外にも、そこは通常どおりに営業しているようだった。
だが、番台に座っていたのは守谷ではなく昨日のあの青年で、彼は私の顔を見るなり、ごく短く、しかしはっきりと、
「何の用だ」
と尋ねてきた。
随分と無愛想な印象だ。
奥二重の目を半眼にし、口を一文字に引き結んでいる所為か、人というよりは作り物の人形のようにも見える。
顔立ち全体は整っているから、それなりに澄ましていれば中々の男前にも見えるのだろうが、むっつりとしている今のままでは、何処の不良だろうかと思ってしまう。
「今日は、竜の奴はいないぞ」
むっつりとしたままで、青年は私にそう言った。
昨日の態度といい、もしかして私はこの青年に嫌われているのだろうか。それとも、嫌われるような事でもしたのだろうか。
つっけんどんな態度でしか言葉をくれない青年に、私はどうしても低姿勢にならざるを得なかった。
「あの、昨夜はどうも・・・僕はこう言う者なんだが・・・」
いつもの癖で、名刺を手渡す。
青年は私が差し出した名刺を受け取ると、それを一瞥し、
「・・・・『いちじょうみはる』か。変な名前だな」
と言うと、名刺を番台の上に置く。
それから、一瞬だけ時間を置くと、彼はおもむろに私に向かってこう切り出してきた。
「あんた、もしかして出雲の出身か?」
「・・・出雲?」
「島根県だ。そこの出身者か?」
私は無言で首を振る。当然だ。私は生まれも育ちも東京都なのだから。
しかし、青年はなおも食い下がってくる。
「あんた、自分の名前のもつ意味がわかってないのか?」
「・・・なんの事だい?」
首を傾げた私に、青年は眉間に皺を寄せてうつむくと、腕組みをして考え込む。
「・・・・・これだけは言うなって竜の奴が言ってたがな」
何のことだかさっぱりわからない私に、彼はいきなり断言した。
「影和邇は、あんたに呼び寄せられた可能性がある」
はっきり言われたその一言に、私はすぐさま反応する事が出来なかった。
言われた意味が良くわからなかったのもある。
「・・・・・・私に?」
ようやく、それだけ言って返した私に、彼は眉間の皺もそのままに、私の目を真っ直ぐ見据えて頷く。
「影和邇は、本来人に扱われる事の無い『はぐれ』の式神だ。それ自体が人を嫌う性質を持つし、人が扱いきれるものでもない。だが、ごく一部の限られた血に、時折影和邇を引き寄せる力を持つ者が生まれる事がある。可能性の域を出ない推論ではあるが、あんたはその一族の生まれかもしれないな」
はじめて長い説明をくれた青年に、私は納得が行かずに首を傾げるしかなかった。
式神だとか、はぐれだとか、私がそんなのもにまつわる特殊な一族の出身であるなど、聞いたことが無い。
そもそもだ、何故この青年は、私がそうである可能性を見出す事が出来たのだろうか?
今はここにいない守谷も、言い回しこそ違うものの彼と似たようなことを言っていた。
名前を聞いただけで、出雲の出身かと聞かれるのが不思議だったのもあるが、それにしても何故私の名前から出雲が浮かんだのだろう。
出雲地方には一条姓が多く住んでいるとでも言うのだろうか。いや、そんな話は聞いたことが無い。それならば何故?
全く訳がわからなくて、私は何も言えなかった。
当然だ。いきなりそんなわけのわからない事を言われて、すぐさまそれに疑問なり答えなりを見つけ出せるほど、私の頭は柔軟に出来ていない。
青年は、そんな私の気配を察したのか、落ち込む私の顔を一瞥すると、気を取り直すように一瞬だけ表情を緩める。
「・・・分らんなら良い。すぐに答えが出せるような人間を、竜の奴が気に入るはず無いからな」
彼の目は、私を見ているのか、それとも私を通り越して、外を見ているのか、いまいち判別が付けづらい。
「あいつは、時折こうやってなんでもない人間を見かけては話し相手になりたがる。普通の人間の中で、普通の人間の振りをしているのが、あいつにとって一番幸せな時間なんだ」
無言で話を聞いている私に、彼は初めて笑いかけてくれた。
「俺には、さっぱりわからんがな」
まるで、つまらない老人の愚痴を聞いてくれた若造に向かって、礼でも言っているかのような、そんな微笑だった。
私は、その言葉と笑顔で、何と無く、彼らのことが分ったような気がした。
彼等は恐らく、私たちとは少し違うのだろう。
そうして、私たちよりもずっと、私たちに優しい人種なのかもしれない。
例えば、小さな獣よりも、大きな象の方が、道端に咲いた花をよけて通るような、そんな優しさを持ち合わせた存在が、彼等なのかもしれない、と、私は思った。
私と青年は、その後暫く、雑談ばかりを小一時間ほど話し込んだ。
初めのうちは、彼のことを少し怖いと思っていたはずなのに、とても楽しい時間だったように思う。
「竜なら、明日には店に戻れるはずだ。顔が見たいなら明日の夜、ここに来るといい」
別れ際に、私にそう伝えてくれた青年は、名前を石動雷火と名乗った。
彼は、最初のうちの厳しい表情や態度とは裏腹に、実際は守谷と同じ様に友好的な青年であるらしい。
「名は体を顕す。あんたや竜が、和邇に縁の者なら、俺はさしずめ、火打石って所だな」
根気良く愚痴に付き合ってくれた礼だと笑い、彼は私に、こんな話もしてくれた。
私と影和邇のつながりについて、詳しい事を話してはくれなかったが、私の名前は、確かにそれとの繋がりを示す証であるという。
いつもなら、冗談だとしか思えなくて笑ってしまうような不思議な話だが、今は自然と、彼の話すことが信じられた。
明日また、ここに来てみよう。
心の中でそう誓うと、私は自宅へと戻った。