3
あたしは、ゆっくり息を忍ばせて、静かに音を立てないように、さっきちらりとヒト影が見えた所に近づいていった。
ちらり。
草の陰から、ゆっくり向こうを覗き込んだ。
首をうーんと伸ばして見ると、ちょうど夕方、おかあさんにあげた白いお花が咲いていた、お社の裏の辺りに、ヒトがひとり、いた。
ころりと転がっていた大きな石に腰掛けて、足をぶらぶらとさせて、退屈そうにしてた。ひらひらの布で身体を包んだ小さい女のヒトだった。
(なにしてるんだろ……)
あの娘が何をしているのか、あたしすごく興味があった。
あたしはひょこりひょこりと、音を立てないようにしながら、少しずつその娘に近づいていく。
ひょこり。ひょこり。つるり!
(しまった!)
あたしはゆっくり気をつけて歩いていたんだケド、ちょっとしたぬかるみに足を取られて、
がさっ。
と、近くの草を揺らしてしまった。虫さんもあんまり声を立てていない夜だったから、その音は凄く響いた。
女の娘はびくっ! と身体を震わせて、こちらの様子を伺うように、じっと覗いていた。
どうしよう?
あたしは少し戸惑っていたけれど、ヒトにとっても興味があったカラ、思い切って飛び出してみることにした。
ぴょこり。
と、あたしが姿を現すと、思っていたより女の娘は戸惑わないで、瞳をきゅっと大きく見開いて、こっちを見ていた。
それで、
「あら、可愛いコギツネちゃん」
そう言って、あたしを小さな手でおいでおいでする。
「………」
あたしは黙ったまま、ゆっくりと女の娘に近づく。
いじめようとしたら、すぐに森の中に逃げ出せるように、あたしは身構えていた。
女の娘は、あたしの姿を微笑みながら瞳を細めて、じっとあたしを待っていた。それで、
「怖がらないで、コギツネちゃん」
「あたし、コギツネじゃないもん。コノハだもん」
あたしはすこしぷんすかと怒って、言ってみた。
そうしたら、
「あ、ゴメンね。コノハちゃんって、言うんだ」
微笑んだままで、その娘は言った。あたしは驚いて、
「え……? あたしのコトバ、分かるの?」
「うん。分かるよ。動物たちの言葉は、みんな分かるの」
それを聞いて、あたしは少し安心した。
それに、少し優しそう。
あたしはとことこと、その娘の傍まで行って、座った。
一緒に並んで座った。
「あのー……」
あたしは、ちょっと小さい声で言ってみた。
「なに?」
「お名前、なんていうの?」
「なまえ?」
女の娘は、ちょっと首を傾げて、それから、
「ミコト。ミコトって呼んで」
女の娘、ミコトちゃんは、あたしを見て言った。
あたしはこくりと頷いてから、
「おどろいた」
「ん?」
「ニンゲンって、あたしたちのコトバが分かるんだネ。
おかあさんが、ニンゲンにはニンゲンのコトバがあって、あたしたちの使っているコトバはあたしたちしか使えなくて、お話しすることが出来ないんだって、言ってた」
あたしはまじめに話したのに、ミコトちゃんはくすくすと笑った。
「どうしたの?」
「ゴメンね。
普通の人間は、コノハちゃんの言葉は分からないの。
私が特別なの。私だけが、コノハちゃんと言葉を使って話が出来るの」
「え……?」
あたしはミコトちゃんの言葉に驚いて、
「ミコトちゃんは、普通のニンゲンじゃ、ないの?」
「うん。普通の人間じゃないんだ。
だけど、変な人間でもないよ。
ね、コノハちゃん」
「なに?」
「身体、触ってもいいかな?」
あたしは、少し考えてから、
「……いいよ。
ミコトちゃん、何だか優しいんだもん。
だから、いいの」
あたしの言葉に、ミコトちゃんは微笑んで、
「ありがと」
あたしの背中とか、頭を撫でてくれた。
「普通の人間たちは、コノハちゃん達とはお話しする事は出来ないけれど、こうやって、コノハちゃん達が何を考えているのか、何を思っているのかを、触ったり撫でたりして、感じることが出来るんだよ。
言葉なんて、本当はとても些細な物なの」
あたしの毛を撫でながら、ゆっくりミコトちゃんは言った。
「……なんだか、おかあさんみたい。
優しくて大きくて、すごく、何て言うのかな、安心するの。ふしぎ」
あたしは瞳を閉じて、ミコトちゃんの手の感触を感じていた。
ミコトちゃんは、
「……ずいぶん前に、コノハちゃんみたいな、キツネの子と、お友達になったの。どうしてるのかな。ずっと、会っていないんだ」
そう、呟いた。
「あ……あの!」
あたしは思い出して、がばっ! と身体を起こした。
「ミコトちゃん! あのネ……」
「ん?」
あたしは手をもじもじさせなから、小さくなりそうな声を一杯一杯頑張って、大きな声にしようとして、言葉を出した。
「その子みたいに……あたしと……その……、えと、
友達になって欲しいの!
あの……イヤだったら、いいの……」
「ううん!」
一杯首を横に振った、ミコトちゃんは、
「そんな事ないよ! イヤな事なんてないよ!
いいよっ。コノハちゃん。お友達になろう!」
そう、あたしに言ってくれた。
あたし、それがとっても嬉しくって、いっぱい話したの!
初めて出来たお友達にいっぱい話して、いっぱい笑って。
いっぱい騒いで、顔を見合わせて、また、笑った。
ひとりじゃ、ないんだって、分かった。
← Back Next →