俺は戸棚の中から焼酎の二リットルボトルを取り出し、彼に勧めた。悪魔はごぶり、ごぶりと喉を鳴らし、たった一呼吸で半分までボトルを空けた。
「・・・そういえばまだ、伺ってませんでしたね」
俺はおずおずとベリアルにたずねた。その顔はもうほんのり桜色を帯び始めている。
「なんで、俺の願いを叶えに来たんですか?」
厳密にはまだ叶えてもらってないが、こんな会話でもしなければ間が持たない。悪魔はふっ、と自嘲めいた笑みをもらした。
「・・・罰ゲームや」
へっ?俺はその言葉を聞いて、意味がよく飲みこめなかった。
「極界で年に一度、大宴会をやるんじゃ。その座興として、亡者早食い競争をやるんやが」
・・・わんこそばのようなものか。・・・わんこ亡者・・・、いけねぇ、ちょっと想像しちまった。
「それでドベ引いた奴がな、なんか罰ゲームをやることになっとるんや。んで今年は、『一番悪の素質の無さそうな奴に闇の願いを立てさせ、破滅に追い込む』っちゅうもんやったんや」
悪魔認定の、世界一いい人・・・。全然うれしくない。
「殺したりしたら失格、ちゅう事やったけど・・・、まあ簡単やろ、思てたわ。せやけど兄ちゃん、やるなあ。ほんま大したモンやで」
そう言ってベリアルは俺の肩をばんばん叩く。痛い痛い!変にほめられたのと、ダブルでうれしくない!肩イカレたかも!
「はっはっは、まあ飲めや兄ちゃん!無礼講や、悪魔も人間も無しでまず飲もうやないけ」
悪魔はそばにあったコップに酒をなみなみと注ぐと、俺に突き出した。
「悪魔のワシに酌してもらうなんぞ、人類で兄ちゃんがはじめてやぜ!ガハハハ」
人類最大の不幸だ。
「・・・せやけど気に入らんのはディアブロの奴や。あいつがこんな罰ゲーム言い出しよったおかげで・・・。兄ちゃん、ディアブロちゅうアカンタレの事知ってるか?」
俺は激しく首を左右に振った。それを見てベリアルはさも満足そうにうなずく。
「そうやろそうやろ。あんなチンケの名前が売れとる訳あらへんからな。せやけどなあ、あいつ最近ほんまイキがっとんねん。何が『恐怖の帝王』じゃ。ンコタレのくせに・・・ぷぷっ!」
ベリアルは「ンコタレ」のところまで言うと、ひいひいと笑い始めた。駄目だ。完全に酔っ払ってる。ひとしきり無酸素運動を楽しんだ後、悪魔はまたしつこく俺に絡み始めた。
「俺とあいつは同期やからな、ほんまに色々知ってねんで。なかでもコキュートス幼稚園のときの話なんか最高やで。」
「・・・はぁ」
「あいつな、アンダリエルちゅうかわいいコがおってんけどな、そのコに惚れとってん。で、そのコがある日ジャングルジムで遊んどった、と。そしたらディアブロの奴、一緒に遊ぼ思たんか、ジャングルジムに登って行ったんや。そしたらディアブロ嫌われよってな、天罰テキメンや、ジャングルジムから突き落とされてん。それでな、そん時にな、・・・泣きながら漏らしよってん!大きな便りやな!分かるな兄ちゃん!」
分かりたくもない。
「んで後日談やけどな、中学に入ってからその話がバレてん。んで、ついたアダ名が『ユンカース』!」
「・・・そのココロは」
「『急降下爆撃機』や!ガハハハハハ!」
悪魔にも、色々人生の蹉跌があるんだなあ・・・って、なんで俺こんな話聞いてんだよ!もう嫌だ。さっさと帰ってもらおう。そのためには願いを言わねばならないが、さっき聞いた話ではロクでもない願いじゃないと駄目らしい・・・。しかしこうして俺が悩んでいる間も、酔っ払いのシャベリは無情にも続いていく。
「兄ちゃん、いやほんま最高やで。今でもその顔を思い出すとな、ク、ク、クク・・・」
「・・・思い出すと・・・なんだと言うのだ?」
・・・俺じゃないぞ。誰だ?と俺とベリアルは声のした方を振り向いた。そこに渦巻いていたのは、ベリアルがその出現の時に伴った混沌ほとばしる闇の緞帳であった。ただ違っていたのは、そのとばりから放たれる異常な冷気であった。空間が捻じ曲がり、大気がそのまま結晶化してゆく。地獄の金床を思わせる、破滅の熱気がベリアルの肉体が放たれて居ればこそ、俺は原初の恐怖を氷の中に凍てつかせる事はなかった。
「・・・ディアブロ」
俺の傍らに座した悪魔が、ひとりごちるかの様にその名を呼んだ。


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