3
また、朝が来た。いや、一日という時間が過ぎたという方が正しいのかもしれない。
芳人は眠ることも無く、ずっと自分がどうすべきか悩んでいた。
結論は、未だ出ていない。
もうすぐユウがまた舞い降りてくる時間になる。
仕方がないので、こう、決めた。
もし、ユウが地面に足を着く時に右足からつけば瀕死の人間を『コロス』、しかし左足からつけばその『永遠の苦しみ』を甘受する、と。
芳人はテストの結果を待つ子供のような気持ちでユウを待った。
人を待つ時間は長く感じる。なにもない、単調な白い空間では余計そう感じるようだ。
あるいは、遅めに来るようにしたのかもしれないが。
たっぷり待たされた後、真っ白な羽を羽ばたかせてユウが優雅に舞い降りてきた。
ついた足は・・・右。
「おはようございます」
いつもと変わらない声・調子で、いつもと変わらない挨拶を交わす。
「ああ」
「決めました?」
「・・・ああ」
それ以上は言わない。運を天に任せる形でどうするか決めたのだが、口に出すのは憚られるような気がしたから。
「じゃあ、行きましょうか」
何も聞かず、分かっていたようにユウは言った。
芳人のはっとした表情に気付いたのかユウは笑って、
「あなたなら行かないと決めたら私とはもう話はしないでしょう?」
と言ってまた羽を伸ばした。
確かにそうだ、と思う。同時によくこの短期間によく性格を把握したものだ、とも。まあ、資料にそう書いてあっただけなのかもしれないが。
芳人は何も言わずユウについていく。必要以上に話したくも無いというのが行動から見て取れる。それが分かっているのか、昨日はべらべらといろんな話をしていたユウも今日は言葉を一言も発しなかった。
そうこうしているうちに、真っ白な空間から抜け出し光に包まれた後、街の姿が足元に広がる。新幹線と同じような速さで空を移動していく。
芳人も昨日は『飛ぶ』事にただ驚き、喜んでいたが、二度目になると余裕が出てきたようだ。自分が生きていた頃と何も変わり様の無い『街』という空間を感慨深げに眺めている。人が生き、生活を営む大きな集合体は、小さな1パーツが多少抜けようとも関係ないようだ。
周りの光景が見慣れたものとなり始めたとき、ユウは減速し始めた。
まさか、と思う暇なく最も見慣れた建物の前で止る。
芳人の自宅である。
ユウが芳人を顧みることも無くどんどん中に進んでいくのに触発されたのか、茫然自失状態の芳人も家の中に入っていった。
玄関、廊下、階段・・・どれも芳人が生きていたときと同じ、なじみのものだ。何も変わってはいない。しかし、自分だけが存在しない我が家は全く違ったもののようにも思えて。
どうせだからふだん入る事のなかった部屋に入ろう、と思った芳人は両親の部屋に入った。
「!」
そこには思いがけないものがあって・・・
「芳人さん!」
遠くからユウの声が聞こえた。ついてきていると思っていたのだろう、少し慌てた声だった。
「あ・・・今行く」
両親の部屋のそれから目が離せない芳人ではあったが、ずっとここにいるわけにはいかない。声が聞こえた方向・・・恐らくは二階の自分の部屋あたりに向う事にした。
ふらふらと二階へ向うと、ユウはある部屋の前で待っていた。
「ここ、にあなたが最後を宣告する人が居ます」
果たしてその言葉は耳に入ったのだろうか。芳人はぼうっとしたままで、その部屋を見詰めているだけで反応を返せないでいる。
『ここ』と言われた部屋は、芳人のたったひとつの気懸り――弟が居る筈の部屋だった。
芳人の反応も見ずに、ユウは部屋の中にまで入る。動かない芳人の手を無理矢理ひっぱって。
そこには、焦点の合わないような目で一点を見ている芳人の弟の秀信がいた。
見詰める先には、薬の瓶。
芳人が最後に会ったときよりも秀信はかなり痩せたようだ。顔色も良くない。たったひとりの兄を亡くした直後であるから当然と言えば当然なのだろうが。
「どうぞ」
そう言って、ユウは芳人に鎌を渡す。言外に『さあ、止めを刺しなさい』ということばを匂わせて。
恐らくこの鎌で刺してしまえば、瓶に入った薬を飲み、自らの命を絶つことだろう。
「・・・いや・・・だ」
「行くと決めたのに?」
「だけど・・・」
「他人なら良くて身内なら嫌なんですか?ひどいですね。・・・それとも・・・」
そこでユウはじっと芳人を見た。すべてを見透かすように。それから口の端を持ち上げ、ゆっくりと、口を開く。
「あなたと同じ方法で死のうとしているから、ですか?」
決定的な一言。
そう、芳人は自殺したのだった。