もう嫌だ、早くお家に帰りたい。
 俺は、十九年弱の短い人生、最後の悪あがきのつもりで全ての力を両手に集中させていた。
 何で両手かって、説明するのも虚しいんだけどさ。
 落ちちゃったんですよ、落とし穴に。
 しかも、俺の足先数センチ下には見事な竹槍。
 多分これは悪戯用の落とし穴、何て可愛いもんじゃなくて、狩人さんが動物取る時に使う罠、もしくはベトコンゲリラお得意ブービートラップとかいうやつだろう。
 さっきの女の子に教えて貰った道を歩く事約三時間。とっくの昔に空腹も臨界点を超えちゃって、腹減った通り越して食いもん見るときっと気分悪くなるなあと言う状態。それで少し疲れたからその辺で一休みでもしようかなと思い、道をうっかりそれたのが運の尽きだった。
 道の周囲は未だに木ばっかりで、森の外に出た気配が全く無かったのも、俺の敗因かもしれない。これがまだ、開けた平地にある一本道とかだったら、落とし穴も無かったんだろうけど。
 そろそろ握力も限界に近付いてきた。
 俺の人生ここでピリオドなのかもしれないけど、こんな何処ともわからない、携帯電話もわからないような森の中で走馬灯めぐらせるような事にだけはなりたくない。
 だから、誰か近くにいたらさっさと助けてくれ!
 叫んだら叫んだで一気に力が抜けるので、俺は怖くて助けを呼ぶ事も出来なかった。
 このまま死ぬのかな。
 骨付きカルビ食いたかったな・・・って真っ先にそれかよ俺。
 高校卒業してから正と健に一度も会えなかったな。
 前は結構もててたけど、大学入ってからまだ彼女できてねーよ。
 てゆーか昨日レンタルしたビデオまだ返却してないし。
「し・・・死にたくね――――――――――」
 ふぬぬと両手に必死で力をこめて、俺は何とか穴の外に這い上がろうと試みる。
 これで駄目なら、次は辞世の句でも詠んどこう。
 なんて悟ってみた俺の手を、誰かががっしりと掴んだ。
 両方ずつ、多分別々の人間が、俺の両手首をがっしりと掴んでる。
 瞬間的に、助かった!って思った。
 手首を掴んだ手は、両方ともごつい感じだったけど、片方はやや細めで、もう片方は少し指が短い。でも力は同じくらいで、ずりずりと身体が引き上げられているのがわかる。
 地面が見えたとき、俺は心の底からほっとした。
「助かった―――――――――・・・」
 思わずその場にへたり込んで、それからようやく、俺は自分を助けてくれた二人組を確認する。
 どうやら向こうも俺のことをこれは一体何事かと思っているらしく、しげしげと四つの目がこちらを見ていた。
「・・・狼かと思ったのに、人間だよ、これ」
「・・・変な服を着ているが、確かに人間だな」
 これって、人の事指示語で呼ぶなよ・・・。てゆーかお前らの方が変な服だっての。
 俺の目の前にいたのは二人の男。一人は大体俺と同じくらいの背格好をした、細身の男。もう一人は、それよりも縦横ともに一回り大柄な茶色い髪の男。どっちも男らしい顔立ちで男前の部類に入るんだが、茶髪の方はかなり目つきが恐い。ついでに言うと目の色は二人とも金色だった。
 顔はちょっと濃いけど日本人に見えないこともない。でも、ゲームに出て来そうなひらひらの服を着てるから、どっかの少数民族にも見える。もしかしたら新手のコスプレかもしれないけど。
 で、こいつらは一体誰なんだろう。一応命の恩人だから、俺から名乗った方が得策だろうか。
「えーと・・・助けてくれて、サンキュ、ホント助かった」
 笑って頭を下げた俺に、細身の方が同じ様に笑ってお辞儀をしてくれる。
「いや、こっちこそごめんね。人が罠にかかるなんて思ってなかったからさ」
 にこやかに応待してくれるのを見る限り、俺のことを敵と認識するジャングルの人食い原住民とかじゃないらしい。しかも笑うとアイドル系だよこいつ。何か負けた気分だなおい。
「・・・・・・」
 一方、茶髪のほうは俺のことをじっと睨みつけている。元々恐い目つきなのかそれとも警戒してるのかはわからないけど、まあ俺のこと変な服とかって話してたから、多分この服装が珍しいんだろうね。ジャージにTシャツがそんなに珍しいとは思えないけど。
「そっちも、有り難うな」
 一応笑顔で礼を言う俺に、何にも言わないそいつは、細身の方に頭を小突かれた。
「こら、『氷雪の牙』、人が有り難うって言ってるんだから、ちゃんと挨拶しろよ」
 何か変な言葉の名前だね。
 茶髪は俺の顔を見て、その睨むような目つきで一応律儀に頭を下げる。
「・・・済まんな」
 言葉少ないね君。
 でも、そんな茶髪の頭を無理矢理下げるように押して、細身の男が少し引き攣って笑う。フォロー役でしょうかねこっちは。
「ごめんね。こいつ口下手で」
「いや、良いよ別に」
 慌てて俺も首を横に振ったんだけど、お互い遠慮のしあいになりそうだったからすぐに止めた。
 何だかこの二人は対照的だ。茶髪の方は無口で目つきが悪いし、細身の方は人当たりが柔らかい。丁度バランスが取れてそうな二人かもしれないと思う。
 友達にいると楽しそうな二人だ。
「俺、永井和也っていうんだけど、あんたら、名前は?」
 お近づきの印に、とりあえず名前を名乗った俺。と、やっぱりそれに対応したのは細身の方。
「永井和也。変わった名前だね。俺は、『美春の子』で、こっちは『氷雪の牙』だよ」
 へー、『みはるのこ』と、『ひょーせつのきば』かー。風変わりな名前だね―――。
 ・・・・・・って、そんなわけねーだろ!
 なんだよその古代アメリカの神様みたいな名前はっ!
 絶対日本人じゃないだろあんたら二人!
 その上俺の名前は「変わった名前だね」で軽――く流したし。
 一体こいつらは何者なんだ。そしてここは何処なんだ。
 俺は学校に帰れるのか?
 なんて疑問ばかりが頭をぐるぐるしている俺は、正直なところ、未だに現状を把握しきれてはいなかった。


← Back    Next →