二人並んだ校舎の屋上、夕日が沈んで行く光景を眺めることは今までにも何度かあった。
「信じられる、入れ替わったなんて?」
 ベタなドラマかマンガみたいな言葉を聞くなんて、分かってたけど馬鹿馬鹿しい。
 でも、赤く染まる遥の口調は、明らかに智美のそれだった。
「マジで?」
 聞き返すあたしはフェンスにもたれかかって、姿は智美だというのにいつものままの遥を気取っていた。
「ってことはさぁ、あたしに見えてるのって智美なわけじゃん?」
「そうだよ?」
 あたしの格好をした智美が小さく頷いてくれる。
「なんか気持ち悪くない?」
 二人とも意外と冷静だったのはどうしてだろう。
 あたしは、あたしの顔をして笑う智美に疑問の言葉を投げかけていた。
「遥のフリって楽しいけどね。日頃全然できないことができるなんて、滅多にないよ?」
「そりゃさ、智美はずっとおとなしいからあたしのフリしてると気持ちいいかもしれないけどさ」
 こっちにしてみたら大問題。どこから見ても智美であるってことは、いつもみたいなテンションでは生活できないってことだった。
 つまり、息苦しいわけ。
「そうね、こうして遥になってみてさ、私ってずっと根暗だったって自分でも思うよ」
「そういうことじゃなくて、あたしらって元に戻れんの?」
「トシに相談してみる?」
 智美の幼なじみ、荒川俊也のこと。近所に住んでいて、智美が話せる唯一の男だったと思う。
 この智美が信用してるくらいだから信じてもいいのかもしれないし、それより、あたしにしてみればちょっと違う意味を持ってる人……
「なんで?」
「トシって、意外と真面目で頭いいのよ」
 外見はちょっと遊んでそうに見えるあいつが真面目だとか、初めて聞いた。
 テニス部の副部長でそこそこ人気もあって、結構気がきくところもある。
「頭はよくなさそうだと思ってたけど、そうでもないんだ?」
「うん、人に買いかぶられるのが嫌いで、自分の成績の話とかは全然しないからね」
 そう、彼は智美の昔からの馴染みで、あたしはただ、見てるだけしかできなかった。
 智美はいい子だし、影はあるけど可愛いから似合ってるかもしれないと思ったりもした。
「へぇ〜、もっと喋りだと思ってたけど」
 あたしはいつも笑ってごまかしていた。
「あ、遥さぁ、部活は?」
「ちょっと、智美が行ってくれないとしょうがないんだってばっ。試合近いんだから今からでも行ってって」
「そうだね、そろそろ行ってくる」
 あたしの姿をしているというだけで、智美がどれだけテニスをできるのかは自信なかったけど、あたしの信用のためにも部活に出てもらわないと困るってことだった。いつ、元に戻れるのかも分からないまま、あたしたちはここで別れるしかなかった。
「本城、やっぱりここにいたのかよ……サボって話し込んでる時じゃねぇだろ?」
 あたしたちのよく知っている声がした。
 屋上の出入り口になっている階段の側に、あの俊也君は立っていた。
 右腕を怪我して次の試合に出られない俊也君は、制服のままあたしを探していたみたいだった。
 そして、あたしは岸原智美で、智美が本城遥になっている。
「えっ、あっ……」
 つい、あたしが答えそうになったのを、遥の姿をした智美が遮って進む。
「ゴメンゴメン、すぐ行くから」
「ったく、試合前くらいちゃんと練習しとけっての。智美もこんなとこに連れてくんなよな?」
 薄い茶色で長めの前髪が風に揺れている。
 俊也君はキレイ系の男。何をするときでも、何気なく終わらせてしまうところがいい。
 うかつにもボーっとしていた。
「智美?」
 遥の姿をした智美。中身の智美は実にうまく演技をしているみたいだ。
「え、あ、うん。ごめん、なんかつまらない話で長引かせちゃって」
 言葉の節々に不自然な感じが出てしまう。あたしのバカ……
「何かあったのか?」
「な、なんでもないっ、よ?」
 聞き返されて余計に分からなくなってきた。
「いいじゃん、別に。何にもないって、ねぇ?」
 遥はどうしてこんなに自然なんだろう。
 あたしのことをそれだけ良く見てたってことなのかもしれない。そうじゃないとしたら、どれだけあたしが周りを見てないかってことなのかもしれないけど。
「いいけどよ……おっさんがうるせぇんだ、早く行ってやれよ」
 たまに誰かが来ないと、顧問が他のみんなに八つ当たりをするっていう嫌なやつだから仕方がない。
 遥な智美は、機嫌よく走り去っていってしまった。
 残ったのは、あたしと俊也くんだけ。
「どうしたよ、なんか変だぞ?」
「別に、なんでもないけど」
 明らかに何かを疑ってるみたいだった。
「つーか、本城も変なんだよな。お前ら何かやってんのか?」
 ……なんて勘のイイ男。
 逆に怖いかも。人のことを良く見てるというか、ちょっと細かく観察しすぎなのかもしれないし。
 あたしの隣、フェンスにもたれかかって俊也君は空を仰ぐ。
「なぁ、智美、前の話……本城に言ったのか?」
 空を見上げたまま、俊也君は呟いた。
「えっ?」
 中身が智美じゃないあたしは、怪訝な表情で聞き返すだけしかできない。
「えっ?」
「とぼけんなよ」
 明らかに不愉快そうにこちらを向いてくる。
 かなりのプレッシャーだった。
「本城のことが好きだって話だよ……お前だから話したんだろが、忘れんなよ」
 目はマジ。
 なんとなく、もう後戻りできない気がした。
 今は智美なのに、なにやってんだろ、あたし……
「あっ、ご、ごめん、忘れてたんじゃなくて、いろいろあってさっ」
「いいけどよ……」
 また空を見上げる。
 何がなんだか分からなくなったあたしは、ここから見えるテニスコートの方に目を向けた。
 あたしの後輩たちが練習してる。
「今日は食って掛かってこねぇんだな。もうわけわかんねぇよ、オレが悪いって言いたいんだろが」
 不機嫌な俊也君を見たくなかった。
「細かいこと言ってもアレか。わりぃ」
「いいよ、試合に出られないから気が立ってるんじゃない?」
「マジわりぃ、とっとと帰って頭冷やすわ」
 また、いつもみたいに笑ってる俊也君は、一体何を考えてるんだろう。
「じゃあ、明日な」
「うん、ばいばい」
 無意味にテンションをあげて走っていく俊也君の背中を見送りながら、あたしはただぼーっと立っているだけだった。

 結局、あたしも智美も俊也君には何も話さなかった。

「聞いちゃったんだ……」
 遥の姿の智美はそう答えてくれた。
「私、黙ってようと思ってたんだ。仲のいい三人で、いつまでもいたいって思ってた」
 次の日の帰り道のことだった。
 いつもハイなあたしの格好をして落ち込むもんだから、変な気分でしょうがなかった。
「よく考えたらさぁ、いつかはみんなバラバラになっちゃうんだよね。トシだって、多分自分から遥に言うだろうし」
 なんか、あたしまで寂しくなってくるようなことを言う。
「どうして私たちがこうなったのかってさ、きっと私にそれを分からせるためなんじゃないかって思ったよ」
 昨日とは違う意味で、あたしはどうしたらいいのか分からなくなった。
 どうしたらいいのかわからないまま、あたしは家に帰り着いていた。
 あの表情。今までのあたしであれだけ寂しそうな顔をしたことは、多分ない。


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